23
「だれ?君?」
明らかな不快の声。
「…………ッ」
やすりのようにざらついた声を聞いたシェルアは、思わず肩を竦めた。
だが、それは決して彼に向けてではない。
「ここに来る途中、数人の冒険者と出会った」
何を、と見つめるシェルアに対し、サトーは淡々と尋ねる。
「聞くが、あいつらを斬ったのはお前か?」
「うーん…………」
ぬめりと、やはり薄気味悪い動作で首を傾げる。
その顔は、明確に困っている子供のようだった。
「どうだったかな…………あんまりよくなくて覚えてないや」
「ふざけんじゃ、ねぇぞテメェ!!」
怒声を上げ、盾を構え真っすぐ突き進む。
青年は呆れた様子で、待ち構え、突っ込んでくる盾を両方の刃物で受け止めた。
『切断』の権能。
それがある以上、障害物はあってないものだ。
だからこそ、青年はまるで動じることなく、何も警戒することなく突進を受け止めたのだ。
しかし。
「…………あれ?」
「らぁぁぁぁあ!」
盾を振り上げ、青年を吹き飛ばす。
盾を斬ることはできず、青年はさながら紙屑のように宙を舞った。
サトーの力が強いのではなく、青年の体があまりに軽すぎるのが原因だった。
だが、青年はふわりと木の幹に着地すると、心底不思議そうに首を傾げた。
「あれれれれ?なんで斬れないのかな、それ?」
「サトー!少し落ち着いて!」
シェルアに呼び止められ、サトーはようやく我に返ったのか勢いよく首を振った。
そして青年から目を離さないまま、シェルアに声をかけた。
「ごめん遅くなって。怪我は?」
「ううん、大丈夫。それよりもさっきの冒険者の話は?」
「ここに来る途中で血まみれの冒険者と会った。どいつもこいつも傷だらけで、口が利けるやつがいうのはまさにあいつにやられたって話してた。一応、簡単な処置はしたけど、正直助かるかは分からない」
正確に言うなら、傷だらけの冒険者からとっとと行け、と言われたのだ。
サトーの心情としては急ぎたい反面、死なせたくないという思いがあった。
それでも、助ける見込みはそれほど高くなく、そのことを十分に理解していた彼らは、急ぐ彼に目的を果たせと伝えたのだ。
そうして今、サトーはここに来ることができた。
シェルアは理解できた。
サトーは今、とてつもなく怒っているのだと。
「つーわけで、だ。これ以上テメ―の好きにはさせねぇよ。俺が相手だクソ野郎が」
盾を構え、にらみつけるサトー。
しかし当の青年はいまだにぶつぶつと何かを呟いている。
「どうしてだと?どうしてなのかな?わからない。わからない?」
ぐりんと首が動き、こちらを見つめる。
そのあまりの気味の悪さから、一瞬で嫌悪感が全身を覆った。
「なら、もっかい試せばいいよね」
直後、獣のような低い姿勢で青年が駆け寄る。
およそ十歩ほどあった距離を一瞬で詰めると、左の手で横薙ぎの一撃を放つ。
サトーはそれに反応し、盾を構えた。
見た目より重たい一撃を受け止めると、足元に放たれた右手での攻撃を盾を使って上にジャンプすることでなんとか躱す。
右手を下に九十度に傾いた姿勢のまま、青年はぐるりと回転させながら両手で攻撃を放つも、サトーはきちんと両足を踏ん張ることで、その一撃を完璧に受け切った。
これで三度。
どれも本来であれば決まっているはずの攻撃だが、サトーは未だ傷を負っていないどころか、盾が斬れる感じがまるでしない。
その事実を確認すると、青年は再度距離を取った。
「うーん。なんでだろ?なんでなのかな?その盾、全然斬れないや」
肩で息をしながら、サトーは独り言を口にする青年を観察していた。
背丈は殆ど同じくらいのはずなのに、異様な前傾姿勢で全くそんな感じがしない。
なにより、攻撃が変則的で、かつ読みずらいのだ。
今の攻防は偶然なんとかなったが、あれ以上の速度になるとついていける自信はない。
使っている刃物も真っ当なものではないはずだ。
極端に折れた先端はさながら鎌のような形状をしているが、刃物の両端。
腹の部分がやたら膨らんでいて、例えるなら魚のような厚みをしている。
それがどう関係しているかは不明だが、今のところ欠点らしい欠点がない。
「なら、こうだね」
直後、瞬く間に体の数か所から出血があった。
盾で隠れているはずの箇所ですら斬られており、身に着けている鎧もケーキのようにすっぱりと斬られている。
「うんうんうんうんうん。やっぱりそうだね」
声だけが聞こえるが、肝心の動きがまるで見えない。
木の幹を蹴っている音はするが、視線を向けた先にはもうその姿はなかった。
そうして瞬く間に切り刻まれ、サトーの周辺には真っ赤な血の海が広がっていた。
シェルアは何もできず、ただ眺めているしかなかった。
青年の狙いはサトーで、彼女に攻撃は一度もされなかった。
だが、動きにはついていけず、下手に魔術を使えばサトーにも危険が及ぶ。
その思考が彼女の動きから自由を奪っていた。
彼は直立したまま動きを止めていた。
それを見た青年はひたりと着地し、至極満足そうに声をかける。
「うん、うん。さて、と。次は君だね。少しだけ時間をかけすぎちゃったから、急がないと」
視線を当てられ、びくりとシェルアの体が揺れる。
サトーは直立したまま動かなかった。
青年はゆっくりと、さながら夕食の後のデザートを楽しむかのような笑みを浮かべて近づいてくる。
だからこそ、彼は気づけなかった。
「え?」
ぐるんと。
視点が大きく揺れ動き、気が付けば仰向けて倒れている。
そのうえで両手を押さえつけているのは、サトーだった。
「…………ったく、テメェの相手は俺だって言ったろうが」
息は乱れながらも、押さえつけている両手にはこれでもかと力が込められている。
背丈同じだが、体格では僅かにサトーが上だ。
だからこそ、上から両手を抑えつけていれば拘束することは難しくない。
相手の攻撃はあくまで盾で隠せていない箇所に限定されていた。
痛みにだけ耐えれば、油断させることができる。
斬られる、という激痛に耐えることで、サトーはこの状況を作り出したのだ。
だが。
「…………ッ!?」
「あーあ。残念。もうちょっと楽しめるかなって思ってたのに」
吐血したのは、何故かサトーだった。




