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ミノタウロスの襲撃よりも少し前。
シェルアはまるでおもちゃ屋に来た子供のような足取りであちこちを見て回っていた。
「やっぱり、本で読むのとだと全然違う…………」
触れた質感も、見た目も、想像とは異なっていた。
どこを見ても発見に満ちていて、いつまでも飽きることがなかった。
どれくらい時間が経ったのだろうか。
気が付けば全く見覚えのない場所に来ていた。
草原、ではなく森の中に一人で立っており、周囲を見てもサトーたちの姿はない。
どうやらかなり遠くまで来てしまったらしい。
「戻らないとリーゼに怒られちゃうし…………」
ここ数日は終始浮かれていることを自覚していた。
というのも、こうして冒険者となって外を出歩いている。
そんな些細な事実がどうしようもなく嬉しくて、寝て目が覚めたら全て夢だったのでは?と思ってしまうほどに楽しくて仕方なかった。
「いけないいけない…………一旦落ち着かないと」
立ち止まって両手を上げて深呼吸をする。
ダンジョンの中で些か無防備ではあるが、本やザハさんが安全だというのだから間違いないだろう。
魔獣の類だって、先ほどみたハタマルだけのはずだ。
だからこそ、振り返ったのは偶然でしかなかった。
「────え?」
眼前に迫る刃物。
それが自身に向けられていると気づいた瞬間には体が勝手に動いていた。
咄嗟に頭をかがめ、その場に蹲る。
頭上を抜ける刃物は周囲の木を巻き込みながら、私の頭のあった高さをなぞるように振りぬかれた。
次の攻撃は来ることなく、刃物を振るった主がぴたりと動きを止め、頭のみを動かしこちらを見た。
ふくろうのような頭の動かし方は、どう考えても人間の動きではない。
「あれれ?おかしいな?完璧にとらえたはずなのに」
刃を振るった相手は、サトーよりは年は上に見える青年だった。
やけに細身の体にぴったりとまとわりついた衣類。
腰には二振りの刃物を納めるホルダーがぶら下がっており、それ以外に特に装飾の見当たらなかった。
唯一、気になったのはその服の色だった。
純白、ともとれる色なのだが、どういうわけかところどころがくすんでいる。
着こなした、というよりは何か事情があってそうなったような、そんな違和感のある色をしている。
髪は気味が悪いほどに真っすぐで、光沢があった。
長さはそれほどないものの、乱れた箇所のない髪は本来の長さより少し長く感じる。
「うーん?それほど戦いに慣れてるって感じでもないのにどうしてだろ?どうしてなんだい?」
ぬめり、という効果音がふさわしい動きで体の向きを変える。
過剰なまでの猫背と、ゆらりと動き続ける体はそれだけで嫌悪感を抱かずにいられない。
シェルアは腰に下げているポーチに触れつつ、こう問いかける。
「あなたは誰ですか?冒険者同士での殺しはご法度では?」
全てのギルドにおいて殺しは重罪とみなされている。
また、この国においても殺しは重罪であるとされている。それはサトーのような例を除けば誰でも知っている常識のはずだ。
だが、その青年は心底不思議そうに首をかしげた。
「僕は冒険者じゃないよー。それに、殺そうだなんて全然思ってないし」
「…………え?」
「ただ、ちょーっとだけ、君を斬らせてほしいだけ。そうするとみんな動かなくなるけど、でも殺そうとしてるわけじゃないんだよ」
にんまりと、それこそ誇らしそうに語るが、その笑みはあまりに歳相応のものではなかった。
というよりは、そもそも精神年齢が幼すぎる。
あまりの異質さ。
事態をなんとか呑み込んだシェルアは、小さく息を吐いた。
「なるほど、それならば仕方ありませんね」
対話をするのは不可能だと断定し、シェルアは素早く金属片を取り出し青年に向ける。
「『穿ちて、爆ぜろ』!」
そっと呟き、手に持つそれを放り投げる。
青年は無警戒に手に持つ刃物でそれを斬りつけた。
直後、閃光と共に爆発が生じた。
ちょっとした爆弾並みの火力は、シェルアが事前に準備、制作していた魔器だった。
魔力を込めることで発動し、衝撃を与えることで破裂する。
かつて魔獣に対し使用した魔術の、本来の姿だった。
だが、煙幕から現れた青年は、どこか感動した様子で現れた。
「すごいね!こんなことまでできるなんて!僕、驚いたよ!」
傷一つない姿に、シェルアの表情が驚嘆に変わった。
魔術はきちんと発動している。
そこらへんの大木であれば一撃で壊せるくらいの威力を誇っており、あの距離で作動したのであれば間違いなくダメージが入っているはずだ。
それなのに、目の前の青年は無傷だった。
ダメージどころか、攻撃をした、という認識すら与えられていない気がする。
そんな様子に気が付いたのか、青年は楽しそうに語りだした。
「僕の権能は『切断』でね。どんなものでも斬ることができるんだ。本当なら君が投げた物そのものを斬ることもできたけど、それじゃあ、どんなことが起きるのかわからなかったし、斬れるか知りたかったんだ」
権能。
しかも単純でかつ強力な代物。
切断、という事象に近い権能は応用の幅が広い。
私の使える魔術より間違いなく多種多様な使い方ができるだろう。
問題は。
その事実を突きつけられても、覆す方法が存在しないこと。
「だいじょーぶ。そんなに痛くないよ?」
戦意を喪失したと思ったのか、青年はゆっくりとこちらに近づいてきた。
シェルアは効果がないと示された魔器を取り出すと、何度も何度も投げつける。
その度に青年が何度も『切断』し、全くダメージを与えることができなかった。
「無駄なのに」
ほんの少しの苛立ちが含まれた声で、青年はそう尋ねてきた。
流石の彼も続けて爆発を斬るのは鬱陶しいのだろうか。
「なんで続けるの?」
確かに、効果はない。
それに以前の私ならここで心が折れていただろう。
もういいや、と命を投げ捨てていたかもしれない。
だけど。
「申し訳ないですが、破れない約束があるので」
彼との約束があった。
であれば、ここで命を投げ捨てるのは違うと思った。
彼ならきっと、最後の最後まで足掻いて足掻き続けるに違いない。
なにより、これだけの爆発を繰り返せば、きっと。
「ふーん。ま、いいや。それじゃあ、いただきます」
彼は飽きたのか一気に間合いを詰め、それぞれの手で刃物を握った。
狙いは首。
それが分かるのに、体が反応してくれなかった。
「せぇぇぇぇぇぇぇい!」
声がした直後。
ガキンッ!と、金属がぶつかり合う音が響いた。
不意に走った衝撃に、青年が思わず顔をしかめ、距離を取る。
現れたのは大きな盾を持った青年だった。
全身を鎧で覆う彼は、かばうようにシェルアの前に立ち、その盾を構える。
「サトー!」
真新しい盾を構える彼の背中を、シェルアは安堵の声と共に見つめる。
その背中は、誰よりも大きく見えるのだった。




