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二つ目の関所をあっさりと通り抜け、螺旋階段を下った先にそれはあった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおお」
どこまでも続く地平。
遮るものは殆どなく、木も岩もまばらにある程度。
起伏も少なく、丘と呼ぶにはあまりに平らな空間。
「…………あれ?」
広がっていた景色は地上に広がっている景色と瓜二つだった。
大きな違いは十五メートルくらいはある天井だけだろう。
どういう仕組みか分からないが、太陽の光が降り注いでいるかのように陰りがなく明るい。
それなのに直射日光を浴びているような、肌に刺すぎらついた感覚はまるでなかった。
「だから言ったろ?大したことないって」
ザハは肩を竦めると、散歩でもするかのような足取りで歩き始める。
一方で、シェルアは周囲の景色に興味深々だった。
「凄い!ここがダンジョン…………!足元に生えてるのがあの万年草なのね!それにこの空間、地下なのに地上と同じくらい明るい…………!不思議…………!」
足元にしゃがみ込み丹寧に撫でまわし、天井を見上げてはじっと見つめ、生えている木に向かっては興味深そうに眺めている。
不用心ではあるものの、いつものシェルアよりずっと明るい姿は見ていて眩しかった。
「…………で、何も言わないの?」
「勿論です。念願の場所ですから」
その後を追うように、しかも気を遣わせない距離感を保ちながらリーゼが付いて歩く。
そんな二人を眺めながら、サトーもその後を追った。
「にしても、思いっきり草だな、これ…………」
試しに何度か踏みしめても、さながら本物の草のようだった。
人工芝のような形状でありながら、隙間なくみっちりと生えているそれは、数回踏みしめた程度ではびくりともしない強度を誇っている。
「万年草ってんだ。ある程度の光と微量の魔力で生育する草だな。万年って名前の通りで、枯れることがなく、常にこの状態だからだな。ある程度の気温や湿度にも対応するらしい」
「まさにダンジョン向きだな」
ザハの説明を聞きながら、サトーは感心しながら手で触れてみる。
草、という割に比較的ざらついていた。
硬さも土の地面と同様くらいで、弾力は殆どない。
植物なのに根っこや花らしきものはどこにも見当たらなかった。
「そいつの特性は複数の株が絡まって生育することでな、それによって強度と生存力を高めてるそうだ。単体ではどこにでもある普通の草だが、こうやって群生すると地面なみの硬さになる。互いに互いの栄養を分け合うから、栄養が足りなくなることも殆どないそうだ」
流石というべきか、ザハの口からスラスラと知識が出てきた。
こういった面を見てしまうと、やはり経験者が一人くらいはいたほうがいいと思えてしまう。
ザハは周囲を見渡しつつ、近くにあった木に触れた。
「この木も万年草の恩恵を受けて育っている。万年草はこのダンジョンのほぼ全域に生息していて、他の魔獣の生活基盤を作っているってわけだ」
「あ、そういや魔獣は?」
言われて思い出したが、ダンジョンには人工的に作られた魔獣がいる、という話だった。
魔獣と言われるとどうしてもいい気はしないし、そういった存在がいるのに悠長に観察なんてしている場合ではなかった。
ザハを見ると、軽く首を振ってある方向を指した。
「わー!可愛いー!」
「ハタマルですね。一応、気をつけてください」
そこにいたのは掌サイズのモルモットだった。
似た生き物とか、近い種類の生物とか、そういった感じではなく。
本当に、あの、モルモットだ。
小さすぎてよく見えないが、シェルアが掌に乗せて愛でている。
なんとも癒される光景ではあるが。
「えぇ…………」
「ハタマル。まぁ見たまんだな。害はないし、よほど敵対心を抱いて触らない限り攻撃もされない。二層はこいつらしかいないから、危険なものはなにもないってわけだ」
もはやモルモット扱いされているが、近づいてみてみると何とも可愛らしい生き物である。
くるりとした瞳に、短い手足。
ぴくぴく動くさまはどこか保護欲をかき立たせてくるものだ。
「ほら!サトーも抱っこしてみる?」
シェルアが満面の笑みで差し出してきたので、恐る恐る受け取ってみる。
が、なにかが嫌だったのか、サトーの掌の上で暴れだしてしまい、そのままどこかに逃げてしまった。
「え、今なんかやった?」
「警戒しすぎなんじゃね?」
「妥当な反応かと」
ザハとリーゼにそう言われ、肩を落とすサトーをシェルアがそっと慰めてくれる。
ありがとう、この世界では君が唯一の味方だよ。
そんなことをしていると、遠くからザハを呼ぶ声がした。
どうやら駆け出しの冒険者らしく、見るからに初陣です、と言わんばかりの笑みを浮かべている。
なんだか鏡を見ている気分になり、サトーは誤魔化すように一人呟く。
「それにしても、本当に平和だな…………」
やたら重い盾を下ろし、サトーは息を吐きながら腰を下ろした。
地上ほどの解放感はないものの、それでもここが地下で、ダンジョンの内部だっていうことを忘れてしまいそうなほどに快適な空間だった。
人工魔獣、はいても例のハタマルだけで、他に危険な存在は何一つない。
「あの、少し周囲を散策してきてもいい?」
シェルアの提案にサトーはリーゼの方を見る。
数秒黙ると、肯定の意を示しこういった。
「分かりました。あまり遠くまで行かないように」
「うん!ありがと、リーゼ!」
そういうと、シェルアは颯爽と駆け出していく。
その後ろ姿を眺めながら、サトーはどこか感慨深いものを感じていた。
なにせ数日前まで、彼女は籠の中に閉じ込められていた鳥みたいな生活をしていた。
それが数日で自由に、誰にも束縛されないで歩くことができる。
その結果からか、性格も明るく変化していた。
それほど長い期間一緒にいたわけではないものの、それでもやはり嬉しい。
ふとリーゼを見ると、リーゼもまた、遠くに見えるシェルアを微笑ましそうに眺めていた。
それはまるで巣立った子を見守る母親のようであった。
「良かったな」
「…………まだ、何も解決していません」
「そりゃまぁ、そうなんだけどさ。それでも、今はこれでいいのかなって」
根本的な解決はしていない。
それでも、だとしても今の彼女はとても楽しそうで、それがなによりだった。
穏やかな時間が流れる。
ピクニックのような緩やかな空気は、確実に一行の木を緩ませていただろう。
「『万象、展開』」
故に、誰もがそれに気づくことができなかった。
悪意とは、意図できないからこそ脅威になりえると。




