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「なぁ、一つ聞いていいか?」
遅れる形でついていくサトーは、その少し後ろを歩くリーゼに声をかけた。
「なんでしょうか?」
「いや、その、なんで服装戻したの?」
そう。
どういうわけかリーゼは屋敷にいた時と同じメイド服を着ている。
そもそも、お尋ね者になったので変装が必要だと言い始めたのはリーゼだ。
その張本人がまさかの変装を放棄するというのは正直理由が分からない。
リーゼは顔色一つ変えることなく、歩きながらこういう。
「事情が少し変化しました。ダンジョンの中では変装は必要ないと判断しただけです」
「事情?手配書が取り下げられたとか?」
「いえ。それはありえません」
ばっさりと言い切ったリーゼは隣に並ぶと、少しだけ声の音量を下げた。
「我が国の姫君の件について、覚えていますか?」
「あー、確か同盟を結んだ国との友好の証、だっけ?」
「はい。ですが、それにはとある国だけが例外となっています。名をガダル王国。我が国の西に位置する国で、現在我が国とは停戦条約を結んでいます」
ぼんやりと地図を思い浮かべるが、正直特に印象に残ってはいなかった。
というよりかは、エルフィン王国の内部事情がかなり複雑なのが理由ではあるけれど。
「ガダル王国は軍事、兵器やそれを求める冒険者で成り立つ国です。その性質上極めて野蛮であるとされています。そして現在、ガダル王国は我が国に対し挑発行為を繰り返しているとされています」
「されてる?」
「向こうが認めないので」
「なるほどな」
なんともくだらない話に聞こえるが、事情を聞かない限り判断はできないだろう。
「理由とか分かってるの?」
「主に後継者争いが原因です。あの国には三人の王子がおり、それぞれが互いに派閥を持ち争っているらしく、我が国への挑発行為もそれが原因であるとされています」
「つまり、手柄が欲しいってことか?」
そう尋ねると、リーゼが首を横に振った。
「一概にはそうとは言えません。停戦協定を結んだのはあくまで現国王。それを棄却するのは国王の顔に泥を塗る行為です。そしてなにより、そういった暴走を食い止めることで、恩を売ることができます」
「要するに、けしかけて止めることで、相手の足を引っ張りたいってことか」
「概ね正しいです」
つまり、国王の機嫌を取りつつ、兄弟を貶めたい、ということだろう。
後継者をどう選ぶかは分からないが、間違いなく現国王の評価は選考に影響する。
となれば、国王に恩を売り、競走相手を蹴落とすことで優位に立ちたいということらしい。
「そのため、国境沿いでは小さな小競り合いが頻発しています。当然我が国の騎士がそれに対応することになる。ここギルドにおいて、騎士の監視は薄くなりやすいとはいえ、多少の監視、警備の人間はいるでしょう。ですが、ダンジョンの内部にまで人を派遣できるほどの余裕はないと判断できました」
「それで、その服装に戻したってことか」
「はい。なにより、これが私の正装ですので」
さも当然のように言い切るが、もっとちゃんと武装したほうがいいというアドバイスは無用であると察する程度に付き合いが長くなったので閉口する。
なにより、偽造メイド服より、どことなく動きも軽やかに見えた。
「ま、俺はちゃんと着こまないと危ないけど…………」
「盾を主体とするのであれば、鎧は身に着けたほうがいいのは事実ですね」
ほぼ私服のシェルアに、間違いなく私服のザハ。
そしてメイド服のリーゼを見て、一瞬危険な場所に行くということを忘れそうになる。
だが実際は七つしかないダンジョンの一つ。
今のサトーでは想像もできないような危険が潜んでいる可能性は高い。
「勘違いなら気にしなくていいんだけどさ」
「なんでしょうか」
「俺が弓を選ばなかったの、結構怒ってたりする?」
実のところ、リーゼが進めてくれた弓を使わないことに決めたのは、少しだけ抵抗があった。
だが、腕前はせいぜい素人に毛が生えた程度。
仮にすぐ何かが起きた時、何もできないのは困ると判断したのだ。
「…………いえ。盾を使うという選択肢は正しいと思いますよ」
ただ、とリーゼは一言置くと。
「ですが、盾という選択肢に気づけなかった事実に、少しばかり苛立ちを覚えているのは事実です」
「…………なんか、すまん」
「これ以上謝罪を繰り返すような、今すぐ崖から蹴り落としますよ?」
ぎろりと睨まれ、サトーは即座に口を手でふさいだ。
それを見たリーゼは、容赦なく鎧の上からサトーの胴を殴った。
「痛った!?ちょっとリーゼ!なんで殴ったし!?」
「さぁ。なんででしょうかね」
「もう嫌だ俺!しかもなんか、じわじわと痛みが増してないか…………?」
段々と体が傾く様を眺めながら。
リーゼは僅かに、目じりを細めるのだった。




