15
(やはりあの男。実力を隠していましたか…………)
憶測でも実力の半分も出していないと感じるが、それだけでも十分に強い部類に入る。
下手すれば、リーゼとて勝てるか分からない実力者だ。
リーゼは頭上から感じる気配を察すると、小さく嘆息し周囲の人間に視線を向けた。
「それで、いつになれば仕掛けてくださるのでしょうか?生憎と、明日は朝が早いのです。できることなら、早急に片をつけ身支度を済ませたいのですが」
周囲を囲う彼らは一言も発さず、ただ静かにリーゼを見ていた。
しかし、いつの間にか彼らの手にはいくつかの武器が携えられている。
両刃の剣に槍、短刀といった狭い空間で扱う武器が殆どだった。
ただの一般人なら震えあがる状況だが、リーゼは違う。
彼女にとって周囲を囲う彼らは草花も当然であり、脅威ですらない。
ただ、その奥、リーゼから最も遠い位置にいる人物のみ、明確に力量が異なるのが理解できた。
それこそ、周囲の彼らが不要である程度の手練れとみて間違いないだろう。
「さて、と」
一言、そう呟く。
リーゼは飽き飽きしていた。
一日中付け回され、お嬢様の命を狙い続けられた。
それも、二人に悟らせないために対処することもできないでいた。
だが、今なら気にしなくていいだろう。
直後、彼女の体がその場に消えた。
「がっ」
うめき声と共に、周囲を囲っていた彼らの一人が遥か遠くの外壁にめりこんでいた。
その現象を彼らが理解するのよりも早く、彼らの意識と体は遥か遠くに飛ばされていく。
やっていることは実にシンプルだ。
近づいて殴る。
但しそれを、常人には見えない速度で行っているだけのこと。
さながら台風のような現象を、奥に佇むローブの人物は動くことなく見つめていた。
飛ばされてきた仲間を受け止めることもなく、それでいて加勢し反撃をすることもなく、だ。
「さて、あなたはどうしますか?」
気が付けば、リーゼを囲っていた連中は一人としておらず、周囲の外壁から土片がパラパラと落ちていた。
その発生源には黒のローブを羽織った人が意識を失いめり込んでいる。
「なに、ただの様子見だよ」
しゃがれた、それでいて奥行きのある声だった。
リーゼは一瞬訝しそうに眉を潜めるが、その正体が分かると即座に臨戦態勢に入る。
「どうして、あなたがここに…………!?」
「言った通りだ。様子見であるよ。彼らはただの囮でしかない」
ローブを取ったその人物を見て、リーゼはぐっと奥歯を嚙み締めた。
暗がりでもよく分かる豊かに蓄えられた白い髭。
魔術を極めたものが身に着けるローブに、特殊な樹で作られたとされている杖。
その杖は万物を理解し、この世の理を統べるとされている伝説の杖だ。
「…………よもや、あなたほどのお方が、こんなカルト宗教に下るとは思いませんでした」
「いや、私自身あまり宗教は好きではなくてな。身を隠しここに赴くのにはもってこいであった。それだけの話だ」
そうだろう、とリーゼは考える。
この人物がもし本物であったとするなら、そもそもこんな場所に一人で来るはずがない。
なにより、これほどの人物がカルト教団に入教したとなれば、嫌でも耳に入ってくる。
それほどの大物。
少なくとも、私一人では手に余る。
「さて、と。用は済んだ。帰るとしよう」
「用?一体何の用があったのですか?」
「再三言っておろう。様子見だよ。宝石の少女、あれは善く育った。育て手が優秀であったからだろうな」
その瞬間、リーゼの脳裏が一瞬で真っ白になった。
狙いは、間違いなく。
「待たれよ」
気が付けばリーゼの体には青く光る線が現れ、蒸気が漏れ出していた。
全身を覆うそれはさながら蒸気機関のようにエネルギーを全身に蓄えているようで、心臓に反応するように脈を打っている。
息は乱れ、今まさに飛び掛かりそうな形相を浮かべている。
変容した彼女を見ても、老人は眉一つ動かすことなく、静かに静止の言葉を投げた。
「今はまだ、その時ではない。次期にその時が来る」
「逃がすトでモ?」
「勿論だ。そなたでは我には勝てないからな」
断言され、その瞳がリーゼを捉えた。
それだけで彼女は唇を噛み、戦闘態勢を解く。
すると、彼女の体に現れていた青い線は音もなく消えた。
その様子を見た老人は一度頷くと、彼女を背に闇に消える。
(あくまで確認のため、ですか。舐められたものですね)
リーゼは苛立ちを隠すことなく舌打ちをすると、頭上の気配を察して小さく息を吐いた。
「おう。そっちはどうだい?」
頭上から声がすると、ザハが上から降りてきた。
リーゼは軽く首を振ると、つまらなそうに伝える。
「生憎と、敵になるような人物はいませんでした。頭上の連中の方がよっぽどマシかと」
「そうでもねぇさ。連中、散り散りに逃げるんで追いかけるのが大変だったぜ」
肩をすくませ、困ったといった表情を浮かべる。
よく聞けば頭上で複数人のうめき声が聞こえてくる。
どうやら敵を全員捕縛していたらしい。
律儀なものだとリーゼは感心しつつ、こう尋ねた。
「それで、彼らをどうするんですか?」
「一旦は『明星の狼』の牢屋にぶち込んで、あとは『闇夜の牛』に任せるさ」
「そうですか、でしたら私のほうも…………」
そこでふと、彼女は言葉を遮った。
そもそも、彼らの処遇に関して何も聞かされておらず、気にも留めていなかった。
よく考えると、私は彼らを殺さないように攻撃をしただろうか。
どうやらそのことに気が付いたのか、ザハが呆れた表情で顔を横に振る。
「ひとまず、生存確認からやるか」
ポンと肩を叩くと、そっとリーゼから離れる。
特に悪いことをしたわけではないものの、それでも乱雑だったことを反省しつつ、リーゼはザハに続いて生存者の救助を始めるのだった。




