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その日の夜。
「それでは、授業の第一回を始めます」
四人はザハの勧めの宿に部屋を取ると、その日の活動を終了にした。
食事もザハのおすすめの店で、店員とはずいぶん親しそうだった。
思ってたより顔が広いことに驚きつつも、なんとなくザハの人となりが見れた気がして安心することができた。
なにより、出された食事はお世辞抜きで美味しかった。
そして、シェルアの部屋にて。
以前約束していた文字の講座が開かれたのだった。
「さて、と。何か質問はあるでしょうか?」
くい、とメガネを押し上げ、シェルアはそう尋ねた。
「えっと、じゃあ。どうしたの、その恰好」
シェルアの格好は日中着ていた服ではなく、いわゆる寝間着と言える代物だった。
白いレースのような材質で織られたそれは、リラックスできるようゆったりとした見た目をしており、なんていうか、こう、とてつもなくエロい。
「これはその、一応人に教えるわけですので、まずは形からかと思いまして」
メガネを両手で挟みながら、恥ずかしそうに頬を赤に染める。
その姿はとてつもない破壊力を示していた。
どういった経緯でメガネを入手したのかは不明だが、渡した奴はきっと天才だと思う。
会えたら全力で褒めたい。ありがとう。
「…………いや、似合ってると思う」
「そう、ですか?それならよかった」
ほっと胸をなでおろす仕草さえも可愛いのだから、もはや反則に近い。
見慣れない服装を次々と見せられて、改めてこの子は美人なんだな、と却って冷静になれた。
「さて、と。それでは始めましょう。まずはアルファベットからですかね」
アルファベット、なんて親しみのある単語が出てきて思わずドキリとするが、お願いしますとだけ返し、様子を見た。
アルファベットはもちろん知ってるし、リーゼやザハの説明からも散々出てきている。
彼らの口ぶりから察するに、最も基本で日常的に使うのだろう。
であればこれをマスターできれば当面は困ることはないはずだ。
隣に座り、真剣に紙に文字を書いていくシェルア。
黙々と続ける様子は見ていて飽きることはなかった。
もし作家にでもなれば、執筆作業をずっと横で見ていたいくらいだ。
問題は、この部屋は相部屋、ということだ。
その相方であるリーゼの姿はどこにもない。
何か用事があるのか、もしくは気を利かせたのか。
(…………いや、絶対にありえない)
リーゼの性格を考えれば、どこかで監視しているに違いない。
楽しい二人きりの時間に見えて、実は頭部に銃口を押し付けられてるのと同じだ。
煩悩にまみれた脳内を払い、サトーは改めて集中力を高める。
「できました。これがアルファベットの一覧です」
ふぅ、と息を吐いて、書いていた紙をサトーの目の前にずらす。
ふいにいい匂いがしたが、悪霊退散と心の中で唱え、紙を手に取った。
「なんだ、こりゃ…………」
もしかしたらすぐにマスターできるかも、と内心高をくくっていたが、そんな安い希望は一撃で壊された。
なぜなら一覧として並べられた文字を、サトーは文字として認識できなかったからだ。
まず、順番通りなら一番左上がAに該当するはずだ。
だが、そこに書かれていたのは全く別の、異なる記号だった。
しかも、どこか複雑で、そういった模様にしか見えない。
順に見て行っても、見覚えのある文字がどこにもない。
というか、本当に自分の知っているアルファベットなのか自信がない。
リーゼのメモやシェルアの部屋で見た本で察しはついていたが、ローマ字のように規則的に並べるのではなく、恐らく単語がきちんとある。
「難しい、ですか?」
サトーのリアクションで察したのか、シェルアが心配そうに尋ねてくる。
「正直ここまで分からないとは思ってなかった。この調子だと先は長そうだな…………」
「まぁ、時間はたくさんありますし、ゆっくり覚えていきましょう」
両手で拳を作り、励ますようにグッとポーズをとった。
その姿がなんだか無性に愛おしかったが、それでも心が晴れることはないのだった。




