27
シェルアは一人、自室にこもっていた。
既に例の事件から三日が経過していた。
依然として現状は変化していないものの、無断に外に出たことは言い訳の余地すらない事実であった。
なにより彼女自身、何が起こったのか未だに整理できていなかった。
「はぁ…………」
大好きだった読書も、なんとなく手が止まってしまう。
理由は分かっていた。
脳裏に焼き付いている彼の姿が、恐ろしいほど集中力を割いているのだ。
「いったい、どうなってるんでしょうか…………」
リーゼにかなりきつく言われ、あれ以降全く会えていない。
ひとまずは命に別状はないとのことだが、権能の効果とデメリットを考えれば、何事もないはずがない。
意識を取り戻しているのか。
何か後遺症などはないのか。
食事はきちんと取れているのか。
聞きたいことは山ほどある。
なにより、言いたいこともある。
「やはり、ここは一度行ってみるしか────」」
そう決意した瞬間、不意に部屋のドアが開いた。
「失礼します。シェルアさんは…………」
ドアの隙間からひょっこりと顔が見える。
一瞬誰かと思ったが、やけに短く髪を切られた彼だった。
彼は一瞬戸惑った表情を浮かべると。
「えっと、なんか、タイミング悪かったですか?」
なんのことだろう?と思ったが、まさに今立ち上がろうとしていることに気付いた。
慌てて姿勢を変え、頬を掻きなが再度座り直す。
深く言及する気がないのか、彼は特に気にすることなく部屋へと入った。
「あー、その、元気、ですか?」
なんだか他人行儀な様子を見て内心もしかしてと思う。
「もしかして、あの夜のこと、気にしてます?」
「……………………まぁ、しますよね」
そういって照れ臭そうに頭を触る。
どうやら一連の言動に後ろめたさを感じているらしい。
彼らしい、と思いつつも、こほんと咳ばらいをして姿勢を正す。
「あなたは何も間違っていなかったと思います。少々、思い込みが激しかった。それだけです」
ふっと笑みを作ると、嘘偽りのない想いを伝える。
「幸せだ。あなたにそう言ってもらえてうれしかったです。なにより、あれだけ必死に私を助けてくださったのですから、きっとあなたの想いに嘘はないんだと感じました。勿論、リーゼの想いもです」
嬉しい、と言うのは些か不謹慎なのかもしれない。
彼はボロボロで、リーゼの立場も危うい。
私のせいなのだとしても、それでも関係なく私を助けてくれたのは嬉しかったし。
どうしようもないくらいに、私はここにいていいのだと教えてくれた。
それだけで、私のこれまでの人生は報われたし。
それだけはきっと、誇っていいのだと信じることができた。
「ですので、これからはもう少しだけ、自分のことを好きになろうと思います。勿論、失ったものは還ってきませんが、今持っているものは大切にできますので」
あまりに真っすぐで、純粋な告白に、彼も流石に口を開けていた。
その様子がなんだかおかしいなと思うと同時に、ほんのすこしだけ悪戯心が働いた。
「ですが、あれだけの啖呵を切っておいて、随分距離が遠いと思うのですが」
「えっ」
「おかしいですね。守らないとリーゼに伝えると、そう約束したはずですが…………」
「あー!分かった!分かりました!これからはできるだけ、親しみやすく話すから!だからリーゼに伝えるのは勘弁して!」
「ふーん…………ま、今回は多めにしてあげます」
本当は伝える気なんて全くないのだけど、反応が面白いのでこのままにしておく。
やりずらそうに額に触れる彼は、要件を伝えるのか肩の力を抜く素振りを見せた。
「一つだけ、お願いがあって来ました」
「ですからその話し方──────」
「俺と一緒に、旅に出てくれませんか?」
あまりに唐突な問いに、頭の中が真っ白になった。
旅。
それは長年夢見ていた、やりたい事。
頭の中で何度も想像した、憧れの光景。
彼は真剣な表情で、まっすぐと私を見ていた。
「やっぱり俺、この世界を見て回りたいんです。どんな景色があるのか、どんな人がいるのか、それを実際に見て、確かめたい。あなたと話して、そう思ったんです」
その想いは、その想いだけは何度も反芻してきたことだった。
だけど、それができたらどれだけいいか。
できるものならとっくにやっていると、そう口にしそうになった。
しかし。
「話、聞いたんです。ここにいてもあなたは自由になれない。それなら、俺と一緒に来てくれませんか?俺と、この世界を見てまわってくれませんか?」
そういうと、彼は頭を下げると、右手を差し出した。
「どうか、お願いします。俺は弱いから、魔獣の一体も倒せません。だけど、それでも必ずあなたのことを守ります。どんな相手でも、必ず守り通します。だから」
彼はそこで言葉を区切り、頭を下げたまま動きを止めた。
伸ばされた手は、少しだけボロボロで、それだけであの夜のことを思い出す。
命がけで守り通された、あの日のことを。
「…………ずるいです」
思わず、そう言っていた。
彼はピクリとせず、静かにそれを聞いていた。
「そんな風に言われたら、そんな風に誘われたら、断れないじゃないですか。必死になって守っていた約束も、押し込めていた想いも全部、我慢できないじゃないですか」
どこか怒るような言い方とは裏腹に、思わず笑みを浮かべていた。
どうしてか分からないけど、不思議とわくわくしている自分がいた。
硬く、重く閉ざされていた壁が、少しずつ壊されていく。
その胸の内を表す言葉が見つからないまま、私はこう続けた。
「一つだけ約束してください。たとえどんなことが起きようとも、あなたは決していなくならないでください。私を不幸にしないでください」
伸ばされた手を取る。
少しだけゴツゴツした手は、じんわりと温かった。
「その代わり、どんなことが起きようとも、私はあなたの傍にいます。必ず、幸せにします」
誓いの言葉。
聞き終え、顔をあげた彼は、どうしてか顔を真っ赤にしていた。
心当たりがなにもないので、わけが分からずぽかんとしてしまう。
彼は、耳まで真っ赤にしながら、そっぽを向いて一言。
「…………なんか、告白っぽいっすね」
その一言で、シェルアの白い頬が一気に赤く染まり、
直後、鬼の形相をしたメイドが現れたのは、また別の話。




