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「こういった状況で申し訳ないのですが、実は折り入って相談があります。食べながらでいいので、聞いてくれますか?」
リーゼはサトーが食べる様子を少し眺めたあと、ゆっくりと口を開いた。
「では。まずは現状ですが、あの夜から既に三日が経過しています。お嬢様の体調にも変化はなく、今のところは特に問題はありません」
ごくんと、口に含んだパンを飲み込むと、コップに注がれた水に口をつける。
「ですが、一つ問題が発生しています。以前話した通りですが、基本的にお嬢様は外に出ることは許されていません。ですが、不本意であれ、一度外に出てしまった。しかも調べた限り侵入者の痕跡は何も残っていません。これでは、お嬢様が意図して外に出たことになります」
「なんかまずいのそれ?」
「約束を破棄した、ということになります」
なんとなくよくない感じがして、サトーは一旦食事を止めた。
「このお屋敷には部外者の侵入を探知する魔術が仕組まれています。そしてその通知は王宮にも届きます。あなたが来た際は誤作動として処理しましたが、流石に二度目はおかしいと思われたのでしょう。ですので、ここに騎士団が派遣されることになりました」
「騎士団?なんでまた?」
「お嬢様を処罰するためです」
はっきりと言い切る彼女は、どこか恨めしそうに言葉を続けた。
「このお屋敷にいれば、身元の安全を保障するというのが国との約束。それを無視したとなれば、それは重大な問題となります。表向きは侵入者の警戒のための保護ですが、王宮に連れ去られれば、確実にお嬢様は罪に問われます。そうなれば安全の保障も何もない。いくら弁解をしても、王宮の判断は変わらないと考えます」
「そんな…………」
「騎士の到着は明日。それまでに決断をしなければいけません。ここから逃げ出すか、到着を待って拘束されるか」
「逃げるか、大人しく捕まるか、か…………」
その選択肢は、間違いなくどちらを選んでもろくな目に合わないだろうということだけは分かった。
「はい。少なくとも捕まれば命の保証はありません。なにより、あなた自身も極めて危険な存在になるでしょう。少なくとも、まっとうな生活は送れないことは確かです」
多分、自分の死なない体質は珍しいはずだ。
であれば研究対象として扱われるか、危険因子としてなにかしらの方法で自由を失うか。
そのどちらにせよ、ろくな結末にはならない。
なにより、それらを振り切るほどの力はない。
「ですので、これは私の提案です。乗るか反るかは貴方次第ですが」
そういって彼女が語った提案は驚くべき内容だった。
ひとしきり話し終えると、リーゼはこう質問する。
「では、どうしますか?どちらにせよ、私は何も言いません」
「乗ります」
即答だった。
そのあまりの速さにリーゼは一瞬呆気にとられるが、ふふっと笑みをこぼす。
「なるほど。だからあなたはお嬢様を守れたのですね。ですが、本当によろしいのですか?少なくとも、まっとうな旅にはならないですよ?」
「ま、こればっかりは仕方ないんじゃないですか。乗りかかった船というか、ここで降りるのは流石にないかなーっと」
そういって笑みを浮かべてみるが、内心は少しだけドキドキしていた。
いくらなんでも危険すぎるとは思うが、それでも、彼女が言うのであれば可能性はあるのだろう。
それに、ここ以外に行く宛も居場所もない。
それ以上に、彼女らとここで別れたくない。
決め手になったのは、ひどくちっぽけな我が儘だった。
「分かりました。では、さっそく下準備を始めましょう」
そう言われ、空になった食器をどかし、近くにあった椅子に腰かける。
やることは単純、散髪だった。
「にしても、これどうなってるんですかね?こんなすぐ伸びます普通?」
「そんなこと私が知るはずがないでしょう。ですが、状況証拠からある程度の予測はできます」
「え、マジっすか?」
背後に立つリーゼが勢いよく刃物を振るう。
まるで植木の剪定をするかのように頭の大きさがみるみる小さくなっていく感じがした。
「あなたの権能は恐らく『不死』に関連するものでしょう。ですが、致命傷以外は治せない非操作型の権能です。簡単に言えばコントロールできないということです」
「ま、こんなに傷だらけだしね…………」
なんともまぁ不便な話だ。
死なないことは便利だが、日常生活ではまるで役に立たない。
というより役に立つ機会があってはいけない、という方が正しい。
「そして、権能を行使する代償に髪の毛が伸びる。命に関する権能など禁忌に近しいものですから、そう考えるのが普通でしょうね」
「……………………ギャグ漫画かよ」
「何を言ってるのか理解できませんが、むしろこの程度で済めばいい方だと思いますが?」
言い方から落ち込んでいると判断したのだろう。
まぁ落ち込んでいるのは間違いないが、なんというか、もうちょいかっこいい代償でもいいんじゃないか?と思う。
髪の毛が伸びて体調が悪化するとか、健康なのか不健康なのかまるで分からない。
つーかそもそも、髪の毛が伸びる代償ってなんなのだろうか。
人によっては泣いて喜びそうなものだが、生憎とアフロである以上邪魔でしかない。
「さて、ひとますはこの程度でどうでしょうか」
そういって渡された鏡には以前よりはるかに短くなった髪の毛が映っていた。
透けて見える頭皮には真新しい傷がいくつか残っている。
その様はどこぞのホラー映画よりよっぽどグロテスクに見えたが、案外痛みはなかった。
「…………なんていうか、みすぼらしくないですか?」
「その程度であなたの価値は下がりませんよ。元から高くないですので」
軽く上げて急速に落とす。
散々な言われようだが、慣れてしまったのか言い返す気持ちになれなかった。
これが第一段階。
次が恐らく、もっとも難関になるだろう。




