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「なーんだ、つまんないの」
その人物は、木の頂点に足を抱えて座っていた。
白を基調としたもこもこのコートと、探偵はよく被っている帽子は、寒さ対策としては些か過剰と言える装備だった。
手袋もかなり厚手のもので、ミトンに近い形状をしている。
年は十五を超えていないくらいだろうか。
うっすらと見える空色の髪は目元にかからないギリギリの長さに整えられていた。
まだあどけなさの残る顔つきからは、まるで想像できない愚痴を漏らす。
「せっかく私が外を連れ出したのに、なーんにも起きないし。つーか、ここまでお膳だてしたのに魔獣だけしか使わないとか『ロキ』は何考えてるの?これじゃあ私が来た意味ないじゃん。だったら呼ばないでほしいんだけど」
くるくると木の頂点で駒のように回る。
目撃者がいれば思わず目を疑うような光景だったが、彼女にとっては些細な行為らしい。
それこそ鼻歌を歌う余裕すらあった。
「せっかく近くにいた邪魔者は遠くに移したってのに。これもうやる気ないよね?なさすぎだよね?なんなのほんとに無駄足じゃん。あっちの人は『デメテル』から手を出すなって言われてるし、そっちの忖度するなら私の方に気を遣えっての。舐めてるとしか思えないわ」
回転する速度を速めながら、彼女をありったけの愚痴をこぼし続ける。
それでもある程度言い切ったのか、ぴたりとその回転を止めた。
「ま、いいや。どーせついでだし。やることやったんだし、さっさと帰ろっと」
鼻歌を歌いながら、彼女は忽然と姿を消し。
その姿を眺めていたリーゼはほっと息をはいた。
「流石に、あれと対峙している余裕はありませんね」
既にそこは血の海になっているが、そのほとんどが塵となって消えていた。
僅かに残された肉塊もしばらくすれば消えて無くなるだろう。
あれがどこの誰かは知らないが、少なくともまともな相手ではないのは間違いない。
万全の状態であれば相手をし、今回の所業の理由を問い詰めることも可能だろうが、生憎と今はそんな余裕はない。
「まさか更に群れが現れるのは誤算でした。反対側から妙な気配もしましたし、急いで向かうべきですね」
彼女は息吸うと、一気に屋敷を飛び越えた。
一瞬、足についた血とか汚れが屋敷についたらどうしようと考えたが、それはあの男にやらせればいいと判断する。
ちょうど屋敷の真上に差し掛かったところで、やけに木々が倒されている箇所があるのが見えた。
なによりそれ以上に目を引くのが巨大な宝石の柱だ。
あれだけ周囲の木々から頭を出している。
もはや何かのオブジェクトのようにも見えるが、この環境ではあまりに不自然だった。
「やはり、お嬢様の『権能』でしたか…………」
その柱のすぐ近くに誰かが倒れてるのが見える。
シェルアとサトーだった。
二人は気を失っているのか、重なるようにして寝ころんでいた。
「これは…………」
サトーの様子を見て、流石のリーゼも言葉を失った。
服は殆ど原型をとどめておらす、全身は血か何かで黒く汚れている。
止血できていない箇所もあるのか、うっすらに赤くなっている箇所もある。
その一方でシェルアには外傷はあまり見受けられなかった。
単に気絶しているだけなのか、すーすーと寝息が聞こえてくる。
こんなところで不用心だとは一ミリも思わず、何も言わずに宝石の柱に向かう。
「これで多少、自分を大切にしてくれればいいのだけれど…………」
多分、彼がお嬢様を必死に守ったのだろう。
あれだけの傷を受けてなお、お嬢様に傷一つつけないでいたことは称賛に値する。
なにより、そうやって身を挺して守ってくれる存在がいる。
それを知ってくれれば多少は意識が変わるだろう。
「何を勘違いしているのか、あの子は私が国の命令で一緒に来たと思ってるし。そんな命令、普通出さないでしょ」
そもそも、お嬢様と一緒に行くと言ったのは自分だ。
幼い頃から仲良くしてくれた、その恩を返したいと思っての行動だった。
口調を変えたのは立場の問題で、お嬢様には少しだけでもお姫様だという自覚をもってほしくてのこと。
周囲から関心をもたれているお姫様であると知れば、少しだけでも自己評価が良くなるだろうと考えた末のこと。
誰かと会わせなかったのは、訪れる人に真っ当な人がいなかっただけ。
そのせいでやや人見知りをする性格になった気もするが、彼と楽し気に話しているのを廊下で聞いた以上、杞憂でしかなかったが。
「まったく、どうしてこう、揃いも揃って鈍感なのかしら…………」
宝石の柱に手を添え、思いっきり力をこめる。
宝石の柱は瞬く間にヒビが入ると、跡形もなく粉々に砕け散った。
それを確認すると、リーゼは二人を抱え帰路についた。
どうやらこの男も無事らしい。
あれだけの出血で何故生きているのか分からないが、こいつがいなくなるとお嬢様が悲しむだろう。
であれば生きていた方がいいに決まっている。
なにより、この恩義を返せないのは少しだけ手間だった。
「さて、と。まずはお風呂からね…………」
赤ん坊のように抱きかかえられるシェルアは、昔に戻ったような安らかな表情で眠っていた。
リーゼはまるで幼子を眺める母親のように微笑むと、お屋敷へと向かうのだった。




