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「──────────ッサトー!!」
突如発生した突風に煽られながら、彼が消えていった方向を見る。
飛ばされた方向にあった木にぶつかったのか、そのふもとでうずくまっていた。
声に反応することはなく、起き上がる気配はない。
「そんな…………どうしてここに…………!?」
そこにいたのは先ほどであった魔獣だった。
魔獣はテリトリーに侵入した者へ容赦をしない代わりに、テリトリーの外側までは追ってこないとされている。
それなのにこの魔獣は、そんな法則なんて無いかのようにここまで追ってきたのだ。
テリトリーが異様に広いのか、もしくは執念深い個体なのか。
どちらにせよ、そんなものがこんな近くに生息していたら既に被害が出ていてもおかしくないはずだ。
それが偶然いるなんて、あまりに不幸としか言えない。
「こうなったら、ここで倒すしか…………」
シェルアは近くに落ちていた小石を広い、魔力を込める。
彼女が得意としている魔術は『土』であり、石や岩に魔力を込めることで弾丸のように放ったり、様々な形に加工することができる。
本来なら魔術陣と呼ばれる模様を対象に刻まないといけないが、それでも丸腰で相手をするよりも遥かにマシだろう。
握りしめた小石を、魔獣にめがけて投げつける。
ぶつかった小石は先ほどサトーが投げたものよりずっと大きな音と光を伴って炸裂した。
それが数回。
静かな森に連続して響き渡る。
「……………………そん、な」
だが、魔獣はまるでダメージなどないかのように静かに首を振った。
それこそ小石が当たった箇所には傷一つ見当たらない。
「なんで、どうして…………!」
シェルアは懸命に小石を拾いながら、次々に放り投げる。
それでも、魔獣の歩く速度は落ちず、淡々とシェルアの近づいていた。
「なんで…………」
既に周囲にあった小石は全て使い切ってしまったのだろう。
伸ばした手が虚空を切った。
その瞬間。
ふと、思ってしまった。
(私、なんで必死になってるんだろ…………?)
サトーは既に息絶えている。
ここで私が殺されても悲しむのはリーゼくらいだろう。
そのリーゼだって、こんな辺鄙なところに来させられて、私の面倒だけを見ているのだ。
優秀な彼女からしたら、こんなつまらない生活、さっさと抜け出したいと思っているに違いない。
そう考えると、急になんだか馬鹿らしくなっていった。
帰る故郷も友もなく、私には何も残されていない。
周囲を不幸にし続けてきた私が、どうして死なずに生きていないといけないのだろうか。
毎日毎日、ただ本を読むだけの私に、一体何の価値があるのだろうか。
「もう、いいのかな…………」
胸元に下げられたペンラントがキラリと光る。
ここで殺されれば、きっとあの世で両親と会える。
それならきっと、ここで死ぬことだって悪いことじゃないかもしれない。
その方がきっと、誰も不幸にしないだろう。
これもきっと、仕方のないことなのだ。
シェルアは静かに目を閉じ、その時を待つ。
魔獣が大きく口を開けている音がする。
このまま、静かに──────。
「うおおおおおらぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!!」
野太い声が聞こえたと同時に、横から強い衝撃が走る。
数度転がり、目を開けると。
そこには懸命の表情を浮かべたサトーの姿があった。
「なにやってんだ!今マジで危なかったぞ!!」
「サトー…………?どうして…………だってあなたは…………」
「いや、すっげー痛いし、視界チカチカするけど、でも動けるから平気平気。打ち所が良かったのかもな。日頃の行いとか結構いいし」
そう言いながら、私の手を取り起こし上げる。
魔獣は獲物を取り損ねたのが気に食わないのか、グルル、とうなり声をあげた。
「ありがとうな。あとは任せとけ」
彼はそういうと、満面の笑みを浮かべ、私の頭を撫でた。
まるでぐずる子供をあやすような優しい手つきだった。
「…………いいんです」
見れば分かるほどに、彼は既にボロボロだった。
体のあちこちはすりむけ、左腕は動かないのか力なく垂れている。
肩で息をしているのに、まるで呼吸が滞っているのか不自然な動作。
懸命に笑う様は、さっきの一撃を受けて、どうして動けているのか分からなかった。
「もう、いいんです。あなただけでも逃げてください。あの魔獣の相手は、私がします」
だから、せめて彼だけでも逃がしたいと思った。
こんな自分にここまでしてくれる、そんな優しい人を。
こんな私のために死なせたくなかった。
だから。
「いやだね」
その言葉は、今最も聞きたくなかった。
「どうして!もういいんです!だって私は、私のせいであなたが犠牲になる必要はないんです!」
「それさ、俺も同じなんだよね」
「え?」
初めて聞くその声は、驚くほどに低く、怖いと思った。
彼は背を向けたまま、はっきりとした口調で続ける。
「俺のせいでシェルアが犠牲になるのはいやだ。それなら、俺が囮を引き受ける。生憎だけど、そんなに走れる状態じゃないし」
よく見れば、彼の両足は不規則に震えていた。
きっと、立っているのもやっとな状態なのだろう。
それでも彼は、膝をつこうとしない。
私を庇うかのように、彼は前だけを見ていた。
「少しくらいかっこつけさせてよ、お姫様」
彼はそういうと、静かに魔獣に向き合った。
小刀を構え、ゆっくりと走り出す。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
雄たけびをあげ、真っすぐ、ただただ真っすぐ走る。
魔獣もまた、それに応えるように咆哮を放った。
「だめ、そのままじゃ、この、ままじゃ…………」
小刀を上に構え、真っすぐ振り下ろす。
しかし、それが届くことはなく。
彼の胴体を、魔獣の爪が貫いたのだった。




