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時を同じくして。
屋敷を挟み、彼らがいる場所とは逆の位置にリーゼはいた。
「ふっ!」
魔獣の頭蓋を素手で握りつぶすと、その死骸を放り捨てた。
(この数、明らかにおかしいですね。魔獣の出没時期とも重なっていません)
彼女を囲うのは魔獣の群れだった。
数は二十を超えているだろうか。
背丈は彼女と同じくらいだが、鋭い牙と爪から、どこかハイエナを連想させる形状をしている。
その魔獣たちは彼女を遠巻きに囲いながら、まるで狩りをしているかのようにじっくりと様子を窺っていた。
(気配を察してきましたが、明らかに統率されていないはずなのに、執拗に私だけを狙ってる…………?そもそも、この形態の魔獣はこの辺りに生息していないはずでは…………)
小型の魔獣は、大型の親をリーダーとし、一つのコロニーを形成する。
この個体は魔獣を野良の魔獣を群れに引き入れることでその規模を大きくし、人や他の魔獣から身を守っているらしい。
生息地は主に山岳地帯。
こんな平地の森の中に生息しているという事例はあまり聞いたことない。
なにより魔獣である以上、進んで狩りを行う必要性も、狩りの仕方を覚える必要性もない。
「やはり、どこかに親がいると考える方が自然ですね…………」
可能性としてはシェルアを攫った連中が、足止めのために魔獣を放った可能性。
ないとは言い切れないが、そもそも捕獲し運搬するリスクと手間を考えると、あまりに不釣り合いである。
なにより、そんなことをするくらいならさっさと逃げればいい。
これだけの暗闇であれば森の中に逃げれば見つけるのは、魔術を用いたところで容易ではないだろう。
「…………?」
ふと、何かが炸裂した音がした。
風が吹けば消えそうなくらい微かな音だったが、それでもリーゼの耳にはそれを捉えていた。
リーゼは小さく微笑むと、一度深呼吸をする。
「思ってたよりは優秀みたいですね。彼が黒幕の可能性がないとは言い切れませんが、機会はいくらでもあった。それに、わざわざ位置を知らせるような真似も、こちらで用意した道具を使うとは思えません」
あるいはそれすら考慮できないくらい愚かだった、ということもあるかもしれないが、それは流石にありえないだろう。
彼の生活の様子を見る限り、そもそも嘘という選択肢が頭の中にないくらいに素直だ。
そして、お嬢様の来歴を聞いた際、まるで自分の事のように顔を歪ませた。
信じるには些か単純かもしれないが、疑いの目からは外す根拠には足る。
「…………さて」
魔獣の一体がしびれを切らしたのか、うなり声をあげて襲い掛かってくる。
リーゼはひらりと飛んでそれを回避すると、そのまま踏みつけ胴体を圧殺した。
悲鳴を上げる間もなく、魔獣は象物をまき散らし、塵となって消える。
それを見た周囲の魔獣たちは怯えるように雄たけびを上げた。
「愚策ですね。統率の取れない群れなんて、全く怖くないのですが」
通じるわけがないが、一応伝えてみる。
魔獣の群れも予想外の強さに驚いているのだろう。
この狼狽え方から察するに、恐らく群れを指揮する親は今この場にいない。
(ここまでしても動きがないとなれば、彼らは捨て駒。であれば、あまり時間をかけるわけにはいきませんか)
先ほどの音がしたということは、間違いなく親は向こうにいる。
彼が戦えるとは思えないが、最悪の事態はそこではない。
仮にそうなったら、私一人でどうこうできる状況ではなくなる。
それだけは、なんとしても避けないといけない。
「では、お覚悟を。これでも急いでいますので」
一気攻勢。
リーゼは人が変わったかのように、凄まじい勢いで魔獣へと襲い掛かる。
その様子を眺めている存在がいることに、彼女は気づいていなかった。




