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「つーかなんなんマジで!あんなのがこの森にいるとかふつーに怖いんだけど!」
だが、今はその時ではない。
溢れた感情を抑えつけ、シェルアは口を開いた。
「あれは魔獣といって、基本的には人里離れた地域に生息する生き物です。サトーさんは『四賽』をご存知ですか?」
「あれだろ?なんか神話に出てくる危険なやつ」
とりあえずの危機を脱したのを確認しつつ、ゆっくりと走る速度を緩めていく。
二人はデコボコした地面に気を配りながら、どうにか歩みを続けた。
「あれはその残骸から発生した、と言われてるんです。生物学的に生殖も行わず、周囲の魔力を養分に生息してます。また人間を恐れているのか、滅多なことでは人間を襲いません。一度狙われると死ぬまで追いかけられることを本能的に理解しているとされてます」
「なるほどな…………それだから近くにいても問題ないのか」
サトーの感想を、首を振って否定した。
「いえ。あれは本来この森には生息しません。あれほどのサイズの魔獣であれば、討伐されるのがごく一般的です。彼らは基本的には人を襲いませんが、自分の領土を侵した相手には一切の容赦がないからです。なにより、領土が広がらない保証はどこにもないので」
「そりゃ襲われてるか…………てか、じゃあなんでこんなとこに?」
「それが全く…………リーゼから何か聞いてませんか?」
周囲を警戒しながら、先ほど確認したであろう方向へと歩いていく。
さっきの出来事で方向を見失いかけてるが、きっとこの方向であってるはずだ。
念のため、魔獣が気づきそうな範囲を避けるように進んでいく。
「リーゼはシェルアの部屋で何か作業してから、シェルアのことを探してるらしい。多分、音がしたから来ると思うけど…………」
「そういえば、さきほど何を投げつけたのですか?」
「ん?あー、これ、リーゼから貰ったんだよね。シェルアを見つけた時に知らせる用に使えって。まさかあんな威力があるとは思わなかったけど」
彼は苦笑しながらポケットからそれを取り出す。
どうやら陶器に火薬を詰めてつくった代物らしく、大きさはせいぜい親指の第一関節程度だった。
(……………………あ)
それを眺めてると、私はふとあることを気が付いた。
それはあまりに些細なことで、正直こんな時に言うべきじゃない。
そう分かっていても、どうしても抑えることができなかった。
「サトーさん。その、名前なんですけど…………」
「ん?え、あ!やっば、じゃなくて申し訳ありません!」
そこで気が付いたのだろうか、慌てて謝罪し、しかもまだ手を繋いだままであることに驚いたのか、大げさにのけぞって転んでしまった。
なんだかそれがおかしくて、こんな状況なのについ笑みがこぼれてしまう。
「ふふふ。本当に、あなたは面白いですね」
「いや、その、ほんと、すいませんでした」
そう言いながら、彼は地面にしゃがみこんでしまった。
なんだか申し訳ないと思いつつも、どうしてもこう頼んでみたくなっていた。
「いいわ。それと、話すときはさっきみたいにしてくれると嬉しい」
「ですが、流石にそれはどうかと…………いくらなんでも位が違いすぎますし…………」
「ふーん、じゃあ、さっきのこと、リーゼに報告しようかな」
「えっ!?それだけは勘弁してください!」
「じゃあ、話し方、変えてくれる?」
よほど難しいのか、彼はうーんと頭を唸らせる。
なんだか申し訳なくなるのと同時に、そんなに壁を作りたいのかと少し不機嫌になってしまう。
でも、その方がありがたい。
なんて口には出せないけど。
「分かりました。それならできるだけ、親しみやすいようにします」
そういった彼は、なんだか恥ずかしそうにしながらも、まっすぐとこちらを見つめていた。
その視線がなんだか恥ずかしくなり、ついそっぽを向いてしまう。
「────────ッ!!シェルア!!」
「え?」
ドン、と体を押され、宙を待った直後。
サトーの体が、一瞬にしてその場から消えて無くなったのだった。




