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そんなサトーの姿を、シェルアは一人静かに眺めていた。
「…………」
何か考え事でもしているのか、口元に手を添えながら歩いている。
視線は少し下を向いているけど、きっと何かを見ているわけではないのだろう。
(やっぱり、そうだよね…………)
改めて見ても、ごく普通の青年だ。
シェルアはサトーのことを、少なくともそう思っている。
そんな彼が、ひどく困難なはずのことを成し遂げてきた。
「…………」
リーゼの救出は、はっきり言えば上手く行き過ぎていた。
易々と救出できたことも、その後逃げることもできたのも、全てが理想とする状況だった。
いくら襲撃することを想像しないからといって、あそこまで上手くいったのは奇跡だ。
だがそれを、彼は掴んで見せた。
偶然でも幸運だとしても、彼はそれを掴めたのだ。
(…………分からない、ですね)
シェルアにとって、彼は特別な相手だ。
仲間である以上に、彼に特別な何かを感じている。
勿論、全員が愛しいし、ずっと一緒にいたいと思ってる。
でも、彼へのこれは、何かが違うのだ。
それが何か、今まで分からなかった。
分かろうとしなかったのか、もしくは分かりたくなかったのか。
どっちだとしても、私はそれをそのままにしていた。
それでいいのだと思っていた。
(でも、きっとこれは、それではダメなんでしょうね…………)
目尻を細めた先には、柵に腰かけるサトーが見える。
太陽の光を一心に浴びる彼は、どこか遠くにいるように映った。
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
リーゼに声をかけられたシェルアの意識もまた、少し別の位置にあるように遠かった。
「…………え、あぁ、うん。ちょっとね、サトーが歩いてるなぁって」
少し遅れてなんてことないように答えるシェルアだが、それでも普通ではないのは確かだった。
リーゼは、シェルアが僅かに右手を動かしていることに気付くと、そっと耳元で囁く。
「彼の手は、逞しいものでしたか?」
「──────ッ!?!?!?何を言ってるの、リーゼ!」
顔を真っ赤にしながら、シェルアが抗議の声を上げる。
そんな姿も可愛いらしいと、リーゼは内心思いつつ、
「別に構わないのでは?事実、彼の手は逞しいものですので」
「えっ!?そ、そうかな…………?サトーの手って、やっぱり逞しいよね?」
「えぇ。これまでの経緯が良く分かる手かと」
リーゼがそう言うと、シェルアは「そうかぁ…………」と呟きながら、しきりに右手を開いては閉じる。
そんな姿を見ていると、リーゼですら悪戯心が顔を出してしまった。
「一つ、言うことがあるとすれば」
シェルアがきょとんと顔を上げる。
「私は一度も、誰の手かを告げておりませんので」
少し間を置いて、シェルアの顔が沸騰するかのように真っ赤になる。
では、と短く言い残して、リーゼはその場を後にした。
その後ろで、ジタバタと暴れているシェルアを置いたまま。
(物は試しと思いましたが、まさかこうなるとは思いませんでした…………)
言うまでもないが、リーゼは全てを知っている。
サトーの考えも、シェルアの理解できていない胸の内も。
全て分かったうえで、敢えてリーゼは誘導していた。
(恩返し、というほどのことではないですが、想像以上に効果がありそうですね)
ガダル国での一件を、他の仲間は当然のことのように受け入れてくれた。
本当なら仲間になる前にきちんと話して、そのうえで同意してもらうべきことだ。
それをしなかったのは、ひとえにお嬢様の立場が危うくなるからではなく。
(保身、ですか。まさか仲間に拒絶される瞬間を見たくなかったなんで、自分のことながら笑える話です…………)
結局、私は私のことしか考えられないのだ。
お嬢様に仕えるのも、ただ私がそうしたいから。
私は、誰かの為に行動できる人間ではない。
「ならばこそ、報われてほしいと思うのは、少しだけ傲慢ですかね…………」
二人の道が交わり続ける保証はどこにもない。
だが、それでも、少しでも幸せであってほしい。
それが私の我が儘だとしても、そう願わざるを得ないのだった。




