44
「あのガキャャャャャアアアアアアア!!!!」
夕刻、瓦礫の山から姿を現した男は、天に向かってそう叫んだ。
魚のような顔に、コケ落ちた頬と真っ黒な隈、異様に痩せた体に身に着けたエプロンは土埃でボロボロに汚れていた。
そのしぶとさを本来なら多少なり賞賛するべきなのだろう。
だが、今の彼の形相を前にしたのなら、間違いなく口を瞑んだはずだ。
「絶対に許さねぇ!絶対に絶対に絶対にだ!次会ったら確実にぶっ殺して、死ぬよりも酷い目に遭わせてやる!」
男は顔に大量の青筋を浮かべながら、引きちぎるように髪を掻きむしった。
そしてフラフラと立ち上がると、散々たる周囲を見渡す。
建物は完全に崩壊していた。
何をどうしたらこんなことになるのか、まるで理解できなかった。
そもそも建物ができてからそれほど年数が経ってないし、耐久性だって並みの建物よりは高いはずだ。
それをこんな風にするほどの一撃を放てる人がいるとは思えなかった。
瓦礫の上には大勢の人がいた。
瓦礫の中に埋もれた人を探す物や、貴重品を探すものなど、ここの復旧に必要な品を探していた。
奴隷の売買はギルドの、なにより国の一大産業だ。
地上の建物が崩れようと、地下にある収容所は傷一つない。
瓦礫を撤去さえすれば、業務の再開はそれほど難しくないだろう。
「そうだ!まだここからだ!俺様はまだ上に行ける!もっともっと!」
「──────随分な有り様ですね」
男の気合の満ちた声は、鈴の音によって途切れた。
男は、まるで怯えるように背後を見ると、顔を見た瞬間膝をつけ頭を下げた。
「どどどど、どういった御用でしょうか?」
「あら?要件がなければ来ては行けなくて?」
「い、いえ!そんなことは!」
全身から汗が噴き出る。
顔が上げられない。
ほんのひと呼吸、ひと瞬きが即死に繋がることが痛いほど理解できた。
少女はカラン、と下駄を履いた足で、瓦礫の山の上でくるりと回る。
「それにしても、随分な有様だこと」
「も、申し訳ございませぬ!何分、賊は思いのほか強く!しかし、次こそは必ず例の賊を!」
「あぁ、そうでした。そのことで一つ、伝言がありまして」
リン、と鈴の音がなる。
髪に挿した簪がキラリと光を反射した。
「用済みだそうです。お疲れ様でした」
「──────え?」
空が地面に為った。
そう気づいた時には、自分の視界の先に胴体があった。
悲鳴も、疑問も言うことなく、男は静かに絶命した。
「…………さて、と。帰るとするか」
藤の花の色をした髪の少女は、静かに刀を帯に収めた。
一見すれば、それはただの刀だろう。
漆の塗られた鞘と、意匠の凝った柄。
シンプルな造り故に見る者を選ぶことになった。
聖刀『エレクトラ』
世界に七つしかない、聖遺物の一つ。
そしてそれを所持する者を、人はこう呼ぶ。
聖人、と。
「エルフィン王国第六王女、シェルア様か」
少女は静かに、天を見上げる。
「その時が近いかもしれないな」
誰一人として、その言葉を聞く者はおらず。
周囲には赤い花を咲かせる、縦に長いナニカがあるのだった。




