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地上での戦況は、三人がやや不利になりつつあった。
「ったく!次々とキリがねェなァ!」
「ごめんなさい、ヴァンさん」
「気にしすぎッス!それよりも、怪我だけは気を付けてください!」
三人がいるのは正面入り口のホールの真ん中だった。
あちこちに破損個所があるものの、倒壊にはまるで及ばないだろう。
ただ、修繕するとなると一体どれほどのお金がかかるのか、考えるだけで眩暈がするのだけは確かだった。
戦況の遷移の要因は、シェルアの魔器のストックが切れたことだった。
シェルアは魔術師だが、魔術陣を自在に操るタイプではなく、事前に用意したものを活用するタイプだった。
準備が整っていれば強いものの、それが尽きると途端に何もできなくなる。
無論シェルアもきちんと準備を整えてはいた。
ただ、耐久戦となると話は別だ。
ストックに上限がある以上、いずれ不利になるのは明確であり。
その前に彼が必ず助け出すという、絶対の信頼から生じた危機だった。
「これは、ちょっとまずいかもねぇ」
シャグラはそう呟きながら、肩で息をしていた。
長距離を走るマラソン選手ですら、走る距離は事前に決まっている。
今三人がしているのは、例えるなら終わりのないシャトルランのようなものだった。
徐々に、首を絞めるように疲労のみが積みあがってくる。
なにより、警備兵の服装は全て一律のものだった。
倒しても倒してもキリがないことに加え、視覚的な心労が彼らを追い詰めていた。
三人は警備兵に囲まれ、ジリジリと距離を詰められていた。
「なにか策とかない?」
「ねェに決まってるだろ!」
「こうなったら私が…………」
「それオレらもやばいヤツじゃないっすか!?」
「死ぬだけで済めばいいけどねぇ」
「ちょ、マジで言ってます!?」
そうして迫る死を意味する壁が、もうすぐまで来た瞬間。
「お待たせっ!…………って」
バン!と音を立てて、ホール正面、吹き抜けになっている階段の上に、二人組の男女がいた。
男は鳥の巣のような髪に巨大な盾を背負い、女の右手には奴隷の紋章があった。
二人とも服はボロボロで、心身共に疲弊しているのが誰の目にも明らかだった。
「出る場所、間違えてませんか?」
「やー…………迷っちゃった☆」
てへぺろとお道化る彼に対し、彼女は容赦なくわき腹に拳を突き刺す。
強烈な一撃に悶絶する彼を見下ろすと、そのままホールの真ん中に視線を向けた。
「やっと来たか…………!」
「ったく、ずいぶんと時間がかかったねぇ」
「リーゼ!」
そう呼ばれた少女、リーゼは勢いよく二階から飛び出りた。
「はぁぁぁぁぁぁぁああああああ!」
そしてそのまま真っすぐ飛び降りると、拳を地面に向けて放った。
「ッの、バカたれ!」
ヴァンが即座に風のベールで二人を包んだ直後に、周囲を囲んでいた警備兵が紙吹雪のように周囲に吹き飛んだ。
地面のヒビがそのまま建物へと広がっていき、ガラガラと音を立てて崩れ始める。
「オイ、リーゼ!やるなら最初に言えっての!遅れたらやばかったろ今の!」
「……………………」
ヴァンの抗議に、リーゼはフンと鼻を鳴らすと。
「…………お待たせしました、おじょ──────」
パン!と。
シェルアの平手打ちが、リーゼの頬に当たった音が響いた。
「なにもそこまでしなくても…………」
驚いているヴァンの口を、さっとシャグラが塞いだ。
呆然とするリーゼが見たのは。
「……………………どれだけ、心配したと思うのですか」
涙を浮かべる、シェルアの顔だった。
「あなたがいなくなって、私が、私たちが、どれだけ心配したと思うんですか!」
彼女は怒っていた。
それは彼女に対してもであり、自分自身に対してもであった。
「もう、もう二度と、勝手にいなくならないでください。一人でどこかに行かないでください。私はもう、あなたがいないとダメなんです。あなた無しでは生きていけないのです」
「お嬢様…………」
「そんな私にしたのはあなたなんです。だから、どうか責任を取ってください。この先もずっと、私と一緒にいてください」
そしてシェルアは、リーゼに抱き着き咽び泣いた。
迷子になった子供が、親と再会できたような、安堵とよく似た泣き声だった。
「わ、わたしこそ…………」
リーゼの声も、彼女のものでないように震えていた。
「わたしのほうこそ…………ごめんなさい…………たくさん迷惑かけて、ほんとうに…………」
彼女の目には大粒の瞳が浮かんでいた。
せき止められたいたように、瓦解している建物のように、どこまでも零れ落ちていった。
「いや、マジで感動的なシーンかもしれないけどさ!今めっちゃピンチなの分かってる!?」
その光景に水を差すように、落ちてくる瓦礫を躱しながら近づいてきたのはサトーだった。
あちこちで躓きそうになりながらも、どうにか仲間の元に合流することができた。
「これどうすんの!?確かそのまま逃げるって話だよね!?」
「師匠…………」
「君はもうちょい、空気を読むことをした方がいいかもねぇ」
「え、これ俺が悪いの!?どう考えても俺が正しくない!?だって生き埋めになっちゃうよ俺ら!」
「少し黙ってください」
「うぼぁっ!?」
リーゼの容赦ない蹴りにより、サトーが悶絶したまま膝をついた。
リーゼは指で雫を弾くと、周囲を眺めてこう言った。
「どうやら、迎えが来たようです」
「どういう…………?」
「あ!やっぱりここにいた!」
少し離れた地面から不意に声がした。
一斉にその方向を見ると、何かの蓋を持ち上げるエティの姿がいた。
「急にこんなことになってたから何事かと思ったけど、その様子だと救出はできたみたいね!」
「────なるほどなァ」
「え、どういうこと?つかなんでここに?」
「話は後!皆ついてきて!ヴァン!アンタなら分かるでしょ!」
「え?なに?なにがどうなって?」
「ま、それはとりあえず置いといて」
「話してる余裕はないみたい…………!」
シェルアはサトーの手を取ると、続く形で一斉にエティのいる穴へと飛び込んだ。
直後、ひと際大きな音を立てて、建物は崩壊していった。
奴隷管理センターの崩壊。
それが一組の冒険者によってもたらされたことを知るのは、もう少し後のことであり。
この事件以降、物語が急速に動き始めることを、サトーらは知る由もなかった。




