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奴隷管理センターの長らしき男を倒したサトーは、その背後にあった扉の先へと進んだ。
(これじゃ何も見えないな…………)
そこはさっきまで通ってきた場所よりも更に暗く、驚くほどに何もない空間だった。
そのあまりの暗さに、少し先が見えないほどである。
(…………そうだ。確かシェルアに貰ったあれが)
ふと思い出し、ポケットから取り出したのは屋敷で見してもらった魔器だった。
発光魔術、と呼ばれる代物らしく、魔術の基礎の基礎で習う、文字通り魔術を使える者なら誰でも扱える代物らしい。
使い方は簡単で、一定の衝撃を複数回加えることで起動するらしく、魔術の心得のないサトーでも容易に扱うことができる。
「…………ってて、ってやば!?」
取り出した直後、ズキリと体が痛んだ。
先ほどの雷撃は、間違いなく致命傷だった。
だからこそ彼の『不死』の権能が発動することができ、こうして倒すことに成功したのだが、それでも体に残ったダメージは深刻だった。
その結果、使おうとした魔器をうっかり手から滑り落としてしまったのだ。
コロコロと奥へと転がるそれは、丁度反対側で音を立てて止まった。
「──────いた!」
その姿を見た瞬間、サトーは思わず声を出してしまった。
彼女は泣いているようだった。
涙は流していないものの、それを寸前のところでこらえているようだった。
身なりはボロボロで、それだけで自然と怒りが満ちる感覚がした。
自分の無力さを、ただただ痛感するしかない。
「………………サトー?」
彼女は、まるで幽霊でも見たかのような表情を浮かべ、こちらを見ていた。
何もそこまで驚かなくてもいいのに、とサトーは内心思いつつ、精いっぱいの笑顔を浮かべてこう告げた。
「ちょっと待ってろ。すぐに助ける」
リーゼにとって、彼の姿は想定外だった。
どうしてここにいるのかとか、なにをしているとか、そんなことを今更思うことはなかった。
彼がここにいる理由。
間違いなく私を助けにきたのだ。
無造作に伸びている髪から、容易にはここに来れなかったことが分かる。
暗がりのなかでも、彼の体調が万全ではないことも理解できた。
少なくとも、彼は気丈に振舞っていることが見て取れるくらいには、彼のことを理解できていた。
「つか、これどうやって…………」
彼は音を立てて檻を揺らす。
当たり前だがそんなことでは檻は開かない。
彼は困った様子で髪を掻くと、何かを思い出したかと思えば、直後に不機嫌な表情に変わった。
「…………嫌だけど。そんなこと言ってる場合じゃないか」
彼はそう呟くと、そそくさと目の前からいなくなった。
一体何が、とリーゼが思っていると、何かを持って戻ってきた。
「あれだ。明るいとこから暗いとこくると、全然見えないやつだな…………」
彼は檻の目の前にしゃがみ込むと、何やらガチャガチャと何かに触れ始めた。
すると。
「きた」
ガチャン!と音を立てて、何かが落ちる音がした。
少しさび付いた音と共に檻の扉が開かれる。
「よっしゃ!ちょい待ってろよ!」
彼は姿勢を低くしながらリーゼに近づくと、右手首を固定している金具を操作し始めた。
不意に焦げ臭い匂いが鼻につく。
リーゼは即座に、何があったのか理解した。
「まさか、彼を倒したのですか…………」
「あ、うん、一応ね。向こうが油断してくれたからだけど」
サトーは恥ずかしそうに微笑むと、再度真剣な表情に変わった。
どうやら暗くて見えないらしい。
既に三日拘束されているリーゼはともかく、サトーは途中で明るい所を通っていた。
光を放つ魔器があるものの、鍵を開ける動作には両手が必要になる。
そのせいで手元を照らすことができないのだ。
「どうして、こんなことを…………」
「それ聞く?言わなくても分かってるでしょ」
分かっている。
分かっているが。
「…………理解できません」
分かりたくなかった。
「私は自分の意志で離れました。自分の意志でここに来て、自分の意志でここにいたのです。あなたに助けを求めた覚えも、助けてほしいと言った覚えもありません。それなのに、どうして…………」
「ごめん。さっきのは訂正。全然分かってないじゃん」
サトーの声は、怒っていた。
怒られる理由がないと、リーゼは思ったが。
「言ったとか求めたとか、そういうのじゃない。俺は、俺らはリーゼと一緒にいたいと思った。そしてそれは、リーゼも同じだと思った。だから助けに来た」
「ですがそれは…………!」
「それにもう一つ」
サトーは一度言葉を区切ると、こう続けた。
「だってリーゼなら、もし本心でいなくなったのなら、あんなに分かりやすい証拠残さないでしょ?」
「証拠、ですか?」
「置き手紙はもちろんだけど、一番の要因はダンジョンに一緒に行ったこと。もしシャグラに言ってたことが本当なら、わざわざ失態を見せたりしないでしょ?そんなリスク、わざわざ見せる理由がある?」
結局さ、とサトーは言うと。
「リーゼは離れたくなかったんだよ。俺たちと一緒にいるのが楽しい。だから、僅かな可能性に賭けてあの場に現れた。でも、失敗しちゃって、それでも諦めきれなかった。だから、置き手紙を書いた」
リーゼにとって、それは単なる成り行きでしかなかったのかもしれない。
いつかいなくなる自分の代わりだったのかもしれない。
彼女を守るための都合のいい存在だったのかもしれない。
(実際、その通りっちゃその通りだし…………役に立った記憶はないけど)
だけど、それ以上の意味を彼女は持ってしまった。
抱いてしまった。
彼女にとってそれは、失い難い物であってしまった。
そしてそのことに気付いた時に、彼女はこう思ったのだ。
別れたくないと。
まだ、一緒にいたいと。
「つか、侮りすぎなんだっての。俺もそうだけど、シェルアもシャグラもヴァンも、あとエティもかな?皆リーゼが思ってるよりずっと、リーゼの事が好きなんだよ。一緒にいたいって思ってる」
だから、言葉を交わさなくても考えは同じだった。
まるで指し示したかのように、ある一点に集まったのだ。
サトーはどうにか片方の鍵を開けると、一旦足元の魔器を拾うと、リーゼに握らせた。
「ちょい持ってて。できればここらへん照らしてくれると助かるんだけど」
サトーは申し訳なさそうにそう言うと、再度鍵穴との格闘に挑み始めた。
そんな横顔を、リーゼはただ見ているしかなかった。
「だから、あんまり気にすんな。国だろうがギルドだろうが、どっからでもかかってこいってな。まぁ、俺って全然強くないから頼りにならないけどさ」
灯りがあるからか、もう片方の鍵はすんなりと開錠できた。
不意に、支えを失ったリーゼの体がフワリと前に倒れこむ。
それをサトーが、優しく抱きかかえた。
その姿は走り終えたマラソン選手を迎えるかのような、優しさに満ちた抱擁だった。
いつの日かみた彼の体を思い出す。
ひょろっくて、白くて、なんとも情けない体だと内心嘲笑していた。
だが、支えられる体は、どこまでも逞しく、揺るがないほどに強い。
そして、その体が僅かに不自然に震えていることも。
「…………お願いします」
だからこそ、彼女から零れたそれは。
「私を、助けてください」
初めて聞けた、リーゼ自身の言葉だった。
サトーは、彼女を支えながら、足を固定している器具を解錠する。
「…………当たり前だっての」
そして。
どこかふてくされたように、そう答えるのだった。




