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地上で爆発を伴う騒動が起こっている間に。
「…………んで、次が左か」
サトーは一人、比較的狭い通路を疾走していた。
この建物の構造は地上と地下に分かれている。
地上は中央にステージと客席のある一番の大きな部屋に、東西南北それぞれに部屋が一つずつ、それを繋ぐ通路が存在する作りだ。
南側に客を入れる用の扉があり、反対の南側にエレベーターのような仕掛けがあるらしい。
売りに出す奴隷はそれを使って運んでいるらしいが、実物を見たことがないのでぼんやりとしかイメージできなかった。
そしてその奴隷が収容されているのが地下だった。
昔の牢獄を再利用しているらしく、通路は薄暗く湿っていた。
近くに地下水脈があるらしく、一応は街の生活水としても使われているらしい。
染み出ているということは恐らくはここの地下の水と混じることはないだろうが、それでもあまり気分のいいものではなかった。
(ちょっとしたダンジョンみたいだ)
石造りの廊下に蝋燭の灯りとなれば、それこそお宝の眠る遺跡のような印象を受ける。
あちこちに部屋があることからも、探せば宝箱の一つや二つ見つかるかもしれない。
だが、ここは奴隷を収容している施設だ。
多分その気になれば奴隷を解放することはできるものの、その後の安全を保障できないという理由でシャグラに助けることを止められている。
生気のない瞳はどこか空洞のようにこちらを見つめているが、誰一人として助けを求める者はいなかった。
この国の歴史と文化を顧みれば、奴隷になった時点で救いはどこにもない。
それどころか、ここに侵入者がくることすら思いつかないだろう。
(…………急がねぇと)
上では三人ができるだけ派手に暴れているらしい。
そのおかげか地下の警備は薄くなっているものの、それはつまりはガダル王国の兵士やギルドの冒険者を呼び出しているのと同じ状態だった。
時間勝負。
助けるのが先か、囲まれるのが先かの競争だった。
「…………聞いてはいたけど、広すぎるだろここ」
ヴァンの権能によって地下の構造自体は把握できていた。
ヴァン曰く「権能を無効化する仕掛けがある」らしく、リーゼ本人の位置は秘匿されており、その場所までは特定できないらしい。
だが、生きているなら呼吸をしている、という理由からおおよそどこに生き物がいるのかまでは把握できているらしく、そこから逆算してリーゼの位置を突き止めたらしい。
改めて便利としか言えない。
(ガイド無しでいけるか不安だったけど、存外なんとかなるもんだな)
地下はアリの巣のように広がっており、下の方は完全に廃墟となっているらしい。
ダンジョンが近くにあるのに、わざわざこんなものを作る必要があるのか分からないが、順序が分からない以上は理由を知る機会はないだろう。
階段をひたすらに降りると、異様に明るい部屋にたどり着いた。
広さも通路よりも少し広く、奥に続く鉄製の扉が見える。
「なんじゃ、こりゃ…………」
そこに並んでいたのは火の灯った異常な数の蝋燭と、それすら気にならないほどの無数の拷問器具だった。
中にはどんな用途で使うのか分からないものもあったが、それでも黒い染みがついている時点でおおよその使い道は断定できる。
「おやおや。来客を呼んだ覚えはないんですけどね」
ふと、重厚な扉が音を立てて開き、奥から一人の男が現れた。
魚のような顔に異様にやせ細った体、エプロンのみを着用した姿はどう見ても変態でしかなかった。
昔『連れなる社』で戦った奴も痩せてはいたが、目の前にいるのはもはや肉があるのか疑わしいレベルだった。
白骨標本に皮を張り付けたような、異質な不気味さを備えている。
「誰だ、アンタ?」
「ここの主ですよ。尤も、諸々の仕事は他の者に任せていますがね」
主、ということは、間違いなくリーゼを捕まえた張本人か、もしくは指示を出した人物ということになる。
あの細い腕でリーゼを束縛できるとは思えないし、戦える体だとも思えない。
「ふむ、目的は彼女の救出ですか。なるほど、噂通りの仲間想いですね」
狙いが看破されたことに、一瞬動揺したものの、即座に思考を切り替えた。
バレることは想定のうちだ。
なにより、バレたくらいで慌てていられる状況でもない。
サトーは盾を背中から下ろし、ゆっくりと構える。
相手は全裸で、エプロンのポケットは右側だけ僅かに膨らんでいるように見えるものの、厚みから武器である可能性は低い。
可能性としては魔術師であることだが、この距離なら盾で防ぎつつ、体当たりで倒せる。
「…………なるほど、盾ですか。それは流石に厄介ですね」
男はポケットをまさぐると、あるものを取り出した。
「ですが、私には関係ありませんが」
ボタンのついた、筒状の物体。
どこからどう見てもスイッチだが、この部屋に罠らしきものは見当たらなかった。
あったとしても、この距離なら死にながらでも突っ込める。
そう判断した直後。
「──────っは」
サトーの意識が白転した。




