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「放てッ!」
四方を囲む警備兵から放たれた矢は、まるで夕立のように一斉に降り注がれた。
それが直撃する瞬間、シェルアの髪がふわりと揺れる。
「──────『漂風円壁破』!」
ヴァンがそう叫んだ瞬間、三人を覆うように突風の壁が出現した。
それは台風のように高速で回転すると、次々に矢を弾き飛ばし、へし折っていく。
その結果、矢は彼らに当たるどころか、届くこともなく地面に落下していった。
「なっ!?」
驚く彼らを、再度つむじ風が襲い掛かった。
「『漂風大転空』!」
ヴァンは右手の掌を前に突き出すと、グッと握りこぶしを作り横に振るう。
すると、ステージの客席になぞるように強い風が生まれ、瞬く間に巨大な竜巻に変化していった。
弓を携えていた警備兵達は、風に抗う者や何かにしがみつく者などいたが、やがては宙に放り投げられてしまう。
「ハッ!大したことねェ連中だなァ」
ヴァンは鼻で笑うと、ひらりと手を開いて空を切った。
直後、雪崩のような音を立てて警備兵達が空から落下してくる。
それを眺めていたシャグラが、ニコニコとこちらを見ていることに気が付き、小さく舌打ちをした。
「いいんじゃない?その、必殺技」
「聞いといてあれっすけど、これ要ります?普通に名乗るの恥ずいし、シンプルに面倒なんすけど」
「いるさ。あるとないとじゃ力の使い方が全然違うからねぇ」
そう言って笑うシャグラだが、確実に楽しんでるだけだなとヴァンは悪態をついた。
事の発端はガダル王国に入ってから三日目の頃だった。
シャグラとヴァン以外が昼寝をしている時、唐突にヴァンはこんな質問をした。
「シャグラさんて、どうしたら強くなれるか知ってます?」
ヴァンの問いに、シャグラは一瞬驚きつつも、質問を質問で返した。
「どうしたの急に?」
「いや、まァ」
ヴァンは躊躇いつつも、ため息交じりにこう言った。
「暇なんで」
実際、広がっている景色は変わり映えしないものだった。
ヴァンは起きているのは単純に眠くないからで、シャグラだけが起きているから聞いた。
ただそれだけの話だった。
シャグラはしばらく考えるように唸っていると、あ、と小さく呟いた。
「それなら、必殺技をつけるとかどう?」
「ないっすね」
即答。
あまりのキレの良さに、シャグラのほうが言葉を詰まらせるほどだった。
ヴァンは面倒そうに頭を掻くと、説明を始めた。
「オレの爺さんがよく言ってたんすよ。「必殺技なんか名乗るくらいなら拳を出せ」って。先手取った方が有利だからって理由らしいんすけど、まァ確かにな、とは思うんで」
ヴァンの口ぶりは、完全に考えがまとまった人のそれだった。
どんな理屈や思想を並べても、絶対に曲げないであろう意志を感じる。
確かにその爺さんの言う通りである。
そんな面倒なことをするくらいなら、形に拘らず攻撃をするほうがいいし、第一ヴァンの戦い方は完全に独学で、決まった型はないはずだ。
ただ、提案したのに即時却下されるのは、シャグラからすればあまり面白くなかった。
なにより、シャグラも内心で暇していた。
なので、シャグラは方向性を変えることにした。
つまりは。
「ま、そのままでいいなら、別にいいんじゃない?」
「…………ア?」
ひやりと風が首筋を撫でる。
その嫌な感触に気が付いていない素振りを見せつつも、シャグラは口を開いた。
「だってヴァンは、その言いつけを守って今まで鍛錬してきたんでしょ?確かに君のお爺さんは強かったかもしれないけど、だからって今君が強いわけじゃないからねぇ」
「…………」
段々と風が強くなってくる。
あまりに分かりやすい反応に、シャグラはニヤリと笑ってこう締めくくった。
「だから、別にいいんじゃない?今の君でもそれなりの敵なら倒せるだろうし、強い敵と戦って負けてもいいってことだからねぇ。それで君が満足しているなら、それでいいんじゃない?」
荷車に張った幌が音を立てて揺れるほどの風が吹いている。
顔が見えないが、間違いなくとんでもないことになっているのは確かだ。
(これはちょっと、やりすぎたかなぁ…………?)
だが、ヴァンの返事は違った。
「…………ってやるよ」
「え?」
「やってやろうじゃねェか!そこまで言われて、黙ってるほど大人じゃねェ!」
ヴァンは天高く吠えると、勢いよく荷車から降りてどこかに走っていってしまった。
あまりの勢いに、流石のシャグラもあんぐりと口を開けるしかなかった。
そんなやりとりを経て。
やたら長い技名をいちいち言うことになったのだ。
「それにしても、かっこいい名前だねぇ」
「うるせェっすよ。声が笑ってるの分かりますからね?」
ヴァンに睨まれながらも、それでも律儀に言われたことを実践している姿はどこか愛おしく見えた。
口ぶりや行動は大人っぽくても、中身はまだ子供のままだった。
シャグラは楽しそうに笑うと、ひらりとステージを降りて出口へと向かう。
それを見た警備兵は一斉にシャグラの方に向かっていった。
三人しかいない中で、シャグラは敢えて孤立するような動きを見せた。
それを見逃すほど彼らは愚かではなかった。
だから。
「…………ッ!」
「ほら、早くしないと外出ちゃうよ?」
シャグラの周りを囲んでいるのに、誰一人として彼に攻撃することができないでいた。
集団心理。
それは己の立場が優勢であればあるほどに発動しやすく、安全圏にいる時ほどそういった思考に陥りやすい。
シャグラを囲んでいた警備兵達は、皆一様に同じことを思っていた。
誰が最初に斬りこむか。
シャグラの実力は先ほどまで嫌というほど見せつけられている。
たった三人で多くの警備兵を倒した実力は本物だ。
そんな彼を相手にして、最初に攻撃することの危険性は目に見えて明らかだった。
(やっぱり訓練されてないね。おかげでやりやすい)
いくら集団心理が働いているとはいえ、中には血の気の多い者や、足並みを敢えて外してしまう者もいる。
シャグラはその人物にのみ分かるようなサインを見せているのだ。
僅かに足の向きを変える。
視線を合わす。
腕を小さく動かす。
集団心理から外れた者は、高い集中力を持ってシャグラを凝視している。
今か今かと待ち構えている状態で、シャグラは寸分の狂いなく動作を挟みこんでいた。
その結果、自分だけが動けると過信している者は、そのわずかな違いに気づき警戒を強める。
そして再度、仕掛ける機会を窺うことになる。
ほんの少しの間で、シャグラは無数のフェイントを挟むことで均衡状態を保っていた。
(ま、ここまでくればいいか)
シャグラが立ち止まったのは正面入り口のあるホールの真ん中だった。
周囲には大量の警備兵が並んでおり、まさに今襲い掛かろうと待ち構えている。
シャグラは片手で首をさすると、ひらりと剣を構えた。
「さて、と。やろうか」
迫りくる大量の兵士を相手にしても、シャグラの余裕は変わらない。
誰かの無事を待つ。
それは騎士であった頃に積み上げた、揺るがない絶対であり。
「頑張れ、サトー」
それを思い出させてくれた、大切な仲間への全幅の信頼であった。




