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サトーらが計画した案は、実にシンプルなものだった。
ヴァン、シャグラ、シェルアの三人が建物の中で暴れ、警備が偏ったところをサトーが忍び込んでリーゼを救出する。
もはや作戦ですらない、子供がチラシの裏に書いたような稚拙なアイデアは、いくつかの要因を持って成功率を高めていた。
「『穿ちて、爆ぜろ』!」
シェルアはそう呟くと、周辺に散らばった小さな石が立て続けに爆発した。
黒煙を上げ、さながら爆撃のような衝撃に、近くにいたヴァンが口笛を吹く。
「前見た時からやべェとは思ってたが、シェルアさんの魔術、やべェっすね!」
「ありがとう。これでも加減はしてるんだよ」
迫りくる警備兵を難なくなぎ倒しながら、シェルアは恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
どこらへんに照れる要素があるのか分からないヴァンは、内心この人やべェな、と思いつつも自身の相手する警備兵を紙吹雪のように吹き飛ばす。
「しっかし、思ってたよりはずっと弱いッすねェ」
「そりゃ、こんなところ襲撃しようなんて普通は思わないからねぇ。警備は置いても、本当に戦う事なんて想定してないだろうさ」
振り下ろされた剣を籠手で難なくいなすと、その相手に向けて鉄拳を放つ。
相手は宙で何度か回転し、地面を転がると壁に激突してようやく止まることができた。
三人が陣取っていたのは建物の中心にある巨大なホールだった。
中央にある円形のステージを囲うように客席が設けられ、ステージだけが妙に明るく照らされている。
周囲の席にはつい先ほどまで誰かがいたのか、飲みかけのコップやバックが放置されていた。
「お、やっときたなァ」
「あーあ。ヴァンが弱いとか言うから。これ、相手本気出してきたんじゃない?」
「大きい人…………」
暗がりの奥から現れたのは全裸にツナギだけを来た大柄の男だった。
首と手足には鉄の輪っかがつけられており、顔には何かの皮で作られたらしき仮面を嵌めている。
その手にはハチェット、と呼ばれる手斧が握られていた。
「お前ら!よくもめちゃくちゃにしてくれたな!」
かなり奥の、暗がりの中から声がする。
僅かに上ずったような声は、再生速度を間違えた録音音声かのような早さで一気に捲し立てた。
「こいつらはここの門番!地獄の憲兵だ!屠ってきた人の数は数知れず!残忍な性格と凶暴な戦い方から『悪魔』とも言われてる奴らだ!お前らがどこの誰かは知らないが、ここを生きて帰れるとは思うなよ!捕まえた後は、生きているのを後悔させてやるような目に遭わせてやるからな!」
フーフー!と鼻息を荒げる音が二か所から聞こえてくる。
片方はマスクをしているからか随分と苦しそうだった。
それは単に息ができないからではなく、何かの衝動を抑え込んでいるかのように見えた。
「んで、誰がやります?」
「オジサン、もう疲れちゃったよ」
「嘘つけ。一ミリも息乱れてねェすよね?」
「息切れだけが疲労じゃないのさ」
「それなら、私が」
そう言ってステージから降りたのはシェルアだった。
ヴァンは一瞬目を大きく見開き何かを言おうとしたが、シャグラがヴァンの肩に手を置き制止する。
傍から見た光景は、大人と子供が向き合っている様であった。
服の隙間から浮き出ている筋肉は、今まさにはちきれんばかりに膨らんでおり、手に持ったハチェットがミシリと音をたてている。
その一方で、シェルアはポーチから小さな石の塊を取り出した。
それは彼女が先ほどまで使っていた円型のものではなく、どこか宝石のような球体の形をした石だった。
「なんだありゃ?」
ヴァンが不思議そうにそう呟くと、シャグラがニヤリと笑みを浮かべる。
「そうか。ヴァンは知らないんだねぇ」
「なにをっすか?」
「ま、見てれば分かるよ」
奥の暗がりから「舐めるな!」だの「ぶっ殺せ!」だの聞こえるが、反応するのは面倒なので放置しておくことにする。
シェルアは小さく息を吸うと、意を決して自ら仕掛けた。
大柄の男は雄たけびを上げ、そのマチェットを頭の上に持ち上げる。
それが振り下ろされる直前、シェルアは手に持っていた石をその大柄の男に向けてそっと投げた。
石は緩やかな放物線を描きながら、真っすぐ大柄の男に向かっていく。
「──────ッ!」
脅威ですらない行為に、大柄の男は再度雄たけびを上げてマチェットを振りぬいた。
石はその一撃を受けると、跡形もなく粉々に砕け散る。
そして大柄の男は目撃することになる。
視線の先、黒い髪の少女がこう唱えたのを。
「『別ちて、爆ぜろ。繋ぎて、巡れ』!」
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダンッッッッッ!!
それは線香花火のようであった。
爆竹のような音と共に、無数の爆撃が絶え間なく大柄の男を包み込む。
その圧倒的な攻撃を前に、大柄の男は防御も回避もすることができなかった。
爆発はしばらくの間続き、やがてそれが収まると、大柄の男は力なく前に倒れこんだ。
シェルアは大柄の男が動かないことを確認すると、ほっと息を吐き出し胸を撫でおろした。
「……………………」
「流石だねぇ」
呆然としているヴァンの横で、シャグラがのんびりとそう呟いた。
シェルアはやや小走りで二人の元に戻ってくると、小さく頭を下げた。
「すいません。時間、かかっちゃいました」
「…………や、それはいいんすけどォ」
ヴァンはワナワナと震えながら、そっと倒れた大柄の男を指さす。
「あれ、なんすか?」
「えっとね、あれは新しい魔器で、昔魔器を壊せる人と戦ったことがあるんだけど」
シェルアはしどろもどろになりながらも、こう説明を続けた。
「その時思いついたの。壊れることで発動する魔器って強いんじゃないかなって。でも魔獣相手じゃ意図的に壊してくれないから、この前は使える場面がなかったんだけど…………」
魔器は物体に魔術陣を描くことで使用することができる。
だから、小さくするのには限界があった。
何故なら魔器は、魔術陣が描けるだけの面積を有していないといけないからだ。
魔術陣を描くことで完成する以上、完成した時点で発動条件を満たしていると言っていい。
だが、シェルアの言っていることはその逆だった。
破損や破損や欠損、もしくは故障といった事は少なからず発生する。
それは魔器が消耗品であり、万全の状態が製品として最も効力を発動するからだ。
シェルアの考えは、魔器が壊れた時が魔術が発動する条件にしている。
それは、そもそも魔器が壊されることが条件だ。
自分の意志で壊すのであれば、最初から完成しているものを使えばいい。
壊されるような条件を、最初から作らない方がまだ賢明だろう。
「……………………」
「あれ?私何か変なこと話してる?」
彼女の考えは破綻している。
自分を自ら危険に晒す戦い方を選ぶ人は少ない。
中にはそういった状況下で最善を出せるものもいるが、彼女はその類ではないだろう。
戦いは、互いの優位性を保つことに神経を注ぎ、危険を排除しつつ己の案を完遂することが目的である。
彼女は、それを保つ気がまるでなかった。
もし魔術師として強くなりたいのなら、もっと敵が近づきにくい魔術なり、敵を圧倒する魔術を使う。
もしくは壊される余裕を与えない魔術でもいい。
第一、彼女に接近戦の技術はないはずだ。
それなのに、相手に近づかれ命の危機に置かれることを前提にしているのだ。
(…………まァ、経緯を知ってりゃ分からなくねェが)
だがそれは、彼の特性を生かすための苦肉の策であり、どう考えても彼女に適した戦い方ではない。
それをどう伝えるべきか、ヴァンが思案していると。
「ま、それはおいおいにしとくべきかなぁ」
シャグラがポン、と手を叩くと、周囲を見るよう促した。
シェルアは慌てて周囲を見ると、数百人の警備兵が一様にこちらに向けて弓矢を構えていた。
いつどのタイミングでも矢が放てる状況においても、三人に動揺はない。
「んじゃ、任せるよ」
「……………………了解っす」
彼女は最大限の結果を示してくれた。
ならば、今度はヴァンの番だった。




