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「…………結局、考えることは同じか」
サトーは呆れた様子でそう言った。
目の前にはエティを除いた三人と、その先にひと際大きな建物が見える。
「あれがここの奴隷売買所の本館、ギルドで言うところの本部だねぇ」
「なるほどなァ。道理で品のねェ外見だ。ぶっ壊した方が景観もマシになるだろォよ」
シャグラが簡単に説明をすると、やはりゆったりとした仕草で自分の顎を撫でる。
彼女が奴隷であったのなら、捕まる相手は奴隷商人だろう。
そして『羅刹』という悪名高い二つ名があるなら、管理されるのはこの街で最も大きな施設の可能性が高い。
なにより、それ以外の可能性は全て試みていた。
結果、残っていたのはここだけだった。
子供でも分かるくらいの、ただそれだけの話。
「にしても、シェルアちゃんはよくここが分かったねぇ。そんな素振り全く見せなかったけども」
「少しだけ気になって調べてみたんです。ただ純粋に、単なる興味本位でしたけど。しかもそのせいで、朝起きられませんでしたし…………」
恥ずかしそうに笑うシェルアの顔つきが、真剣なものに変化する。
「それで、皆さんよろしいのですか?あくまでこれは犯罪行為であって、ガダル国から手配書が出るのは確実です。私からあげられるものは何もないですし…………」
「問題ねェッす。手配書の一枚や二枚、気にしてたら冒険者なんてやってられねェすよ」
「いや、それは違うと思うぞ」
サトーが冷静に突っ込むと、コホンと咳ばらいをしてこう言った。
「気にしすぎ。それこそ今更じゃない?」
「そうだねぇ。そもそも、森の奥から引きずり出したサトーが悪いんだし」
「間違いねェっすね」
「あれ?いつの間にか俺のせいになってない?」
さながら放課後の一幕のように、これからファミレスで駄弁るかのような気軽さで、彼らは冗談を言い合っていた。
その様子を見て、シェルアは静かに口を開いた。
「これは、彼女を助けるための行為です。ですが、それとは別に、これは私個人の我が儘です」
「シェルア…………?」
「私は、奴隷という仕組みが嫌いです。同じ人なのに、生まれや身分で差別され、虐げられるのが当たり前では納得がいきません。ですので、これは私の個人的な好みの問題なんです」
奴隷という仕組みがある中に歴史が紡がれたのは事実であり、同時にその仕組みがなければこの国が発展していたかは分からない。
彼女の行為は、それを否定することだった。
無数の人が積み上げてきた歴史を、真正面から否定する。
それは侮蔑とも捉えられる行為でもあるし、短絡的な行為でもあった。
だけど。
「私は王家の者として失格でしょう。こんな、特定の誰かに固執するなんて行為、許されるものではありません。なぜなら」
「あー、話の途中っぽけいど、いい?」
サトーがやんわりと話を遮ると、簡単にこう尋ねた。
「ぶっちゃければ、気にくわないんでしょ?」
そのあまりに簡単な言い方に、ヴァンは小さく吹き出し、シャグラはにやりと口角を上げた。
シェルアはポカンと口を開けるも、大きく笑みを浮かべてこう告げた。
「そうです。私は、奴隷制度が嫌い。でも、それ以上にリーゼを苦しめるものが嫌い。だから、そんなものは壊したいんです。だって、私はリーゼの親友だから!」
その言葉に三人は短く返事をした。
ヴァンは拳を掌に打ち付け、シャグラはゆっくりと体を動かす。
そしてサトーは、やや前かがみになりながら、掌を前に出した。
「それは?」
「円陣って言うんだけど、気合を入れる時にするやつっぽい」
「記憶が戻ったの?」
「いや、これは知識として知ってるだけ。やったことがあるのかは分からないけど」
そう言い終えるよりも早く、シェルアが手を差し出し、重ねた。
「よっしゃ!」
ヴァンは勢いよく手を重ね、そう口にする。
「こういうの、オジサン結構恥ずかしいんだけどねぇ」
シャグラはゆっくりと、真っすぐ手を重ねる。
「それじゃ、シェルア。一言どうぞ」
「…………皆さん、ごめんなさい。こんなことに突き合わせてしまって」
「それも今更」
「だなァ」
「だねぇ」
あっさりと否定され、シェルアは瞳を閉じ、深く息を吸う。
「お願いします!どうか手を貸してください!」
「おっしゃあ!」
「応!」
「了解」
四人はグッと掌を下に下げ、互いに距離を取った。
敵は強大。
されど、彼らに怯えも恐れもない。
あるのはたった一つの意志のみ。
リーゼを。
仲間を取り戻す。
それがたとえ国が相手でも、彼らには関係のない話であり。
臆する理由は、どこにもないのだった。




