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──────記憶が、綻ぶ。
「私は、シェルアを、お嬢様を守る。それが、私の生き方」
リーゼの覚悟を、プレサスも察したのだろう。
近くに置いてあった書類に署名をすると、その場でリーゼに渡した。
「なら、これは貴殿を任命する。細かな手続きは我がしておこう」
「ありがとう、プレサス」
「気にするな。本来であれば、貴殿に嫌われてもおかしくない立場故」
スカーレットの死を回避することは難しくても、シャグラの処遇はもう少し粘ることができたはずだ。
それをプレサスは、ただ見送ることしかできなかった。
それは聖人だったという、古臭いしきたりが理由だった。
「ありがとね。それと、さようなら」
「…………」
リーゼはニコリと微笑むと、静かに踵を返した。
その時、扉が勢いよく開かれた。
現れたのは年相応ではない白髪を生やした、二人にとっても周知の人物だった。
「オイ!シャグラが追放ってどういう…………ってリーゼちゃんか」
「センさん。こんにちは」
「あぁ、こんにちは。どうしたのこんなとこにって…………」
センの目が勢いよく動く。
その先には、リーゼが持っていた紙に向けられていた。
「──────おい、プレサスさんどういうことだ」
「いいの」
「よくねぇだろ!」
センの怒号を、リーゼはどこか他人事のように聞こえた。
本来なら、驚くか喜ぶべき場面であるはずなのに。
「それ、シェルア様の処遇の権だろ。あんたまさか、本気で彼女を森の奥に押し込むつもりか?あの子はまだ五歳なんだぞ?まだ、親から離れられないくらいの、子供じゃねぇか」
「セン」
「俺らはなんのために騎士になった?地位?名誉?違うんだよ。俺らは未来のため、子供のために戦ってるんだ。どんなに辛くてしんどくても、その先が善いものだって信じてるんだ。あんたがしていることは、それを踏みにじっているのと同義なんだぞ?」
「セン」
「甘いのは分かってる。そんなに世の中上手くいかないことも分かってる。だけどな、それでもアンタならできると俺らは信じてんだよ。それをあんた、こんなタイミングで踏みにじるとか正気か?それがあんたの本性なのか?」
「セン」
リーゼの言葉に、センはようやく言葉を止めた。
息を荒げたままのセンに向けて、リーゼはにこやかに笑みを向けた。
「大丈夫。私が志願したの。私が、シェルア様を守るって」
「リーゼ…………」
その言葉に、センは何も言えなくなっていた。
静かで、抑揚のない言葉。
それだけで、彼女の覚悟が伝わってくるのが分かった。
分かってしまえば、どんな言葉も邪魔にしかならない。
分かってしまった以上、センが言えることは何もなかった。
「ありがとう」
「…………っ!?」
「私のために怒ってくれる人を、結局私は見つけられなかった」
リーゼの境遇を本気で憂い、少しでも善い未来を作ろうとしたのは、センとプレサスを含めた四人だけだった。
どこを見ても誰も話しても、この四人以上に凄い相手はいなかった。
だから、センが本気で怒ってくれたことも、プレサスが本当はしたいことも、理解できるくらいにはリーゼは成長していた。
することができた。
だからこそ、彼女は深々と頭を下げた。
「さようなら。どうか、お元気で」
プレサスは何も言わず、センは握られた拳で空を切ることしかできなかった。
そしてリーゼは部屋を後にし、そのままとある部屋へと向かう。
何度も歩いた道。
友に会いに行く、最後の道。
彼女は扉の前で深く息を吸い、そして吐いた。
「…………うん」
そうして彼女は扉に手をかける。
これが、リーゼが本当の意味でメイドになった日のこと。
大切な何かを失って、大切な何かを守るために。
独り戦うことを誓った、そんな誰かの物語である。




