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外から聞こえてくる話し声が、どこか遠い場所のように感じる。
リーゼの過去。
その正体。
そして、いなくなった理由。
それら全てを、一度に聞かされたのだ。
ため息すら憚る沈黙を最初に破ったのは、サトーだった。
「…………ま、話は分かったよ。とりあえずはそれでいいや」
そう言うと、サトーは立ち上がって近くに立てかけてあった盾を背負う。
「どこに行くの?」
「トイレ。少し長くなるから気にしないで」
シェルアの問いにサトーはヒラヒラと手を振ってその場を後にした。
扉が閉まり、その姿が見えなくなったころに、ヴァンが大きく背伸びをした。
「んじゃ、オレも出かけてくるわ。他に話はねェだろ?」
「え、探しに行かないの?」
「師匠いないのに行くわけねェだろ。今日は休暇、好きに過ごそうぜ」
んじゃ、とだけ言って、ヴァンは窓から飛び降りた。
空いた窓から吹き込む風が、小さくカーテンを揺らす。
残された三人のうち、同じタイミングでシェルアとシャグラが立ち上がった。
「それなら私も。行ってみたいところがあるの」
「オジサンは買い物かなぁ。欲しいものがあるんだよねぇ」
「ちょ、ちょっと!?」
そうしてあっという間にエティ一人になってしまった。
エティは自身のベットに移動すると、音を立てて寝ころび天井を見つめた。
「…………どういうことなのかしら」
確かに今は親睦を深めている場合じゃないだろう。
リーゼがどんな位置にいる人なのかは知らないけど、間違いなく彼らにとって大切な仲間なのは間違いないはずだ。
なのに、話は思ってたよりもずっと淡白に終わってしまった。
もっとこう、助けに行こう!とか、なんでそんなことをしたんだ!みたいはことを言うのだと思った。
もしかしたら、彼らは私が思ってたよりもずっと淡白なのかもしれない。
それなら、私が失敗したことを追求してこないのも納得がいく。
最初から全く期待されていなかったのなら、文句なんて言うだけ無駄でしかない。
「…………………………………………あれ?」
もやもやする気持ちを抱えたまま、エティはぼんやりと天井を見上げ、そこであることに気付く。
「トイレって、確か部屋に備え付けじゃなかったっけ?」
今使っている宿は部屋に浴室とトイレが備え付けられている。
用があるときはすぐに使えるため便利である反面、定期的に掃除をするみたいなサービスがないので、自分たちで手入れをする必要があるのだ。
これを面倒と捉えるかプライバシーが守られていると捉えるかは人によるだろう。
エティは後者寄りであった。
「流石に、昨日一度も使わなかったってことはないわよね…………?」
サトーとシャグラ、ヴァンの三人が同室だった。
サトーが使ってなくても、どっちかは使っているだろう。
知らないかもと思えば、自室に戻るよう促すはず。
それを敢えてしなかったのは、自室に戻るものだと確信しているからだろうか。
「……………ううん。違う気がする」
よく思い出せ。
彼らはなんて言った。
なんて言って、部屋を後にした。
「────まさか」
『今日は休日。好きに過ごそうぜ』
『行ってみたいところがあるの』
『欲しいものがあるんだよねぇ』
そう言った。
聞き間違いはない。
間違いなく、彼らはそう言った。
買い物、欲しいもの、好きに過ごす。
その言葉の真意を、彼女はようやく理解してしまった。
だがそれは、ほんのわずかに遅かった。
「────いやいやいや、流石にそれはないでしょ!」
エティは急いで服を着替え、杖を手に取って宿を取り出す。
全力で街を走る。
長い間過ごしたことで覚えた裏道を抜け、出来る限りの力で走った。
向かっている先は第一区画。
ギルドの本部を中央に据えた時、北西に位置する区画だ。
ガダル王国に最も近く、それでいて最も治安の悪い場所。
ここに暮らす人なら誰一人として近づくことがなく、初めて来た冒険者ですら、街の人から忠告される場所。この街の闇の最奥。
名を奴隷管理センター。
この国最大の奴隷売買施設にして、堅牢な警備と無数の護衛が駐在している難攻不落の城塞。
その守りの様は王宮の警備にも劣らないとされている。
どうしてこんなものがあるのかは単純明快。
ギルドによる独占と奴隷の管理のためだ。
一か所で売買が行われれば、必然的に秘匿性が高くなるのは道理である。
「ありえないっ!ホントにありえないっ!」
どうか勘違いであってくれと思いながら、エティは走る。
途中、唾の広い三角帽子が落ち、ネコのような耳が露わになっても、彼女は気にすることなく走った。
だが、
「────なに!?」
地面が揺れる。
何かが爆発する音と共に、エティが走る先から黒煙が上がった。
街の人々は不思議そうにその煙を見つめ、何かあったのかとぽつぽつと不安を口にする。
ただ一人、エティは顔を大きく歪ませた。
「あぁホント。最悪なんだけど…………」
その襲撃を、予知できていた者はきっといない。
浸透していた決まり。
絶対のルール。
長い間、そこにあった常識。
打ち壊したのは四人の冒険者だった。
駆け出しの、ろくに実績を重ねていない一団。
それでも、のちにこう言われることになる。
その結末は、極めて妥当であったと。




