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朝、険しい顔のシェルアの表情が、エティの一言で更に険しくなる。
「リーゼの、手紙…………?」
「うん…………これがリーゼさんが使っていた部屋においてあって…………」
エティが差し出した紙に書かれていた内容は極めてシンプルだった。
(いままでお世話になりました。どうかお元気で)
宛名も送り主もない、もはや手紙としての形態を保てていないくらいに簡素なそれを、シェルアはしばらく眺めるしかなかった。
「それで、ヴァンはどんな感じ?」
一人、目を閉じていたヴァンは、ゆっくりと瞼を開けると首を横に振った。
「ダメっすねェ。ここら辺は全部確かめましたけど、リーゼらしき感じはねェっす」
「アンタ、そんなことまで分かるの…………?」
驚愕した様子でエティが呟くが、今はそのことを話している暇はなかった。
「なんかのドッキリとかねェっすかァ?」
「そんなことリーゼはしないと思う」
「それじゃあ、誰かに攫われたりは?」
「それこそありえねェよ。ここら辺一帯はオレの感覚内だからなァ。何か不審な動きがあればすぐに探知できる」
「それに、リーゼがそんな簡単に攫われるとも思えないし…………」
いくら考えたところで、答えが出ることはなかった。
証拠も、物証もないに等しい。
これが誰かによる犯行なら、まさしく完全犯罪だろう。
だが。
「シャグラ」
「ん?どうかしたかい?」
サトーだけは、それを崩すカードを握っていた。
「お前、なんか知ってるだろ」
その言葉に、一行の間に緊張が走った。
サトーの言葉はいつものような口調ではなく、本気で怒っている時の声色だった。
その理由を知っているシェルアだけは、彼が何か根拠を持って言っているのだと察する。
「どうしてそう思うのかな?」
「簡単だよ。お前になら話してそうだからな」
「それはあまりに根拠にならないんじゃない?」
問い詰められても、シャグラの様子は変わらなかった。
むしろ、どこか相手を試すような物言いに、隣にいるヴァンの表情が曇る。
サトーは小さくため息をつくと、言い淀みながらある言葉を伝えた。
「巨人族。かつて存在したとされている、人ではない種族の一つ」
それはドワーフと並ぶ、古に伝わる幻の種族の名だった。
獣人族やエルフと違い、四賽との戦いの際に絶滅されたとされている。
シェルアですら物語で数回名前を聞いたことがある程度の存在だった。
どうしてサトーがそのことを知っているのか、その理由はまるで分からなかった。
だけど、その表情は思い付きで言ったものとは違って見えた。
「エルフの里で、里の修復をしてた時に教わったんだよ。エルフとドワーフ、それと獣人族。見たことがあるのはこの三つだけで、他にどんなのがいるのかって」
その言葉に、エティが帽子の唾を握りしめる。
それは魔獣襲撃の後の、里の修復作業の間のことだった。
サトーは周囲に忌避されながらも、必死に話しかけ、仕事を探して話かけ続けた。
初日こそ誰とも話すことができなかった彼は、三日目には周囲と笑顔で話すくらいの関係になることができていた。
そんな折に、彼はそんな質問をしたのだ。
それに対し、エルフの里の人たちはこう説明したという。
「そしたら教えてくれたよ。残りの三つ、竜人族と妖精族、そして巨人族の三つだって。竜人族と妖精族は見たらすぐにわかるくらい、特徴的な見た目があるって聞いた。んで、最後の巨人族に関してはちょっとだけ奇妙な話を聞いた」
「奇妙な話?」
シェルアの言葉にサトーは首を縦に振った。
「その昔、巨人族は余りに体が大きいことから暮らす場所に困っていた。そこで人と交わり子孫を残すことで、その体を小さくしつつ、その血を残そうとしたって。見た目はただの人だから、パッと見では見分けがつかないらしい」
そこまで聞いて、シェルアとヴァンは驚愕の色を示す。
彼が言いたい事。
その全てを彼らは理解できてしまった。
「銀色の髪であること、それと同じ色の瞳であること。そして、魔術や権能とは関係なく、怪力であること。これが特徴だって聞かされた。髪と瞳はともかく、怪力だけはすぐに思いついた。いや、むしろ今まで当たり前のように受け止めてたのがおかしかったんだけど」
人一人を片手で持ち上げ。
荷車を難なく受け止め。
魔獣の体を一撃で粉砕し。
数人がかりで運ぶ量の荷物を軽々と持ち上げる。
どれも、その場面だけを切り取れば当たり前でしかなかった事実が、ここにきて一本の線で結ばれていた。
それはいとも容易く、むしろどうして繋がっていなかったのか分からないくらいに。
「リーゼ、あいつ巨人族の末裔なんだろ?そんで、今回のいなくなったことと深い関係がある。多分、シェルアとシャグラの両方に深く関係のあることなんじゃないのか?」
エティは静かに成り行きを見守っていた。
はっきり言えば居心地は最悪だ。
部外者の自分が聞いていい話ではないことくらいすぐに分かった。
それでも動けなかったのは、機会を完全に見失っていたからだ。
シャグラはしばらく天井を見上げると、大きく息を吐き出し視線をサトーらに向けた。
「…………ま、ホントは彼女に口止めされてるんだけどねぇ」
そうしてシャグラは、ゆっくりと事の顛末を語りだす。
「サトーの言う通り、正解だよ。彼女は巨人族の末裔、巨人族と人のハーフってとこだねぇ」
「マジかよ…………」
ヴァンもエルフの里の出身故に、巨人族の話くらいは聞いたことがあった。
だけど、よもやこんな身近にいるとは思っていなかったのが正直なところだ。
シャグラは面倒そうに頭を掻くと、エティに向けてこう尋ねた。
「エティちゃんはさ、『羅刹』って知ってる?」
「え!?あ、うん。もちろん知ってるわよ。ここら辺の人なら誰でも知ってる噂話で、確か「奴隷と関わると羅刹に襲われる」ってやつよね。でもそれって、名前は確かリゼ、じゃなかったっけ…………?」
「そう。そして、それがリーゼの正体。この国、ガダル王国で指名手配されている特級危険生物、その『羅刹』本人だよ」
「ちょ、ちょい待ち。それってつまり…………」
「そういうことだねぇ」
シャグラはのんびりと、残酷な事実を口にした。
「彼女は捕まるためにここに来たのさ。君たちを守るためにね」




