27
サトーら一行はギルドから少し離れた位置の宿を取り、そこでリーゼを寝かせたのを確認してから、その日は解散になった。
皆一様に疲れがあったのだろう。
残って何かをしようと提案する者は一人もいなかった。
「…………」
初めて、自分の意志でダンジョンに行った。
誰かに流されたわけでもなく。
成り行きですることになったわけでもなく。
行こうと自分が思って、その通りに実践した。
「…………くっそ」
暗がり。
明りの一つもない狭い空間に、小さく声が細く響いた。
ベットと机のある、かなり簡素な部屋だった。
机の上にはいくつかの荷物が置いてあり、出入り口の近くには大きな盾が置いてある。
時刻は既に深夜だろうか。
あたりではまだ笑い声が聞こえてくるものの、それでも昼間ほどの活気は残っていなかった。
ただ。
そのわずかな名残が温かい空気に溶けているような、そんな穏やかな夜だった。
「…………止まんねぇ」
その少年、名をサトーという。
やや奇抜な髪型の彼は一人、実質のベットで小さく蹲っていた。
体を横にして、ぎゅっと目を閉じる。
だが、それでもまるで眠気は訪れず、瞼の裏に今日のことが繰り返し浮かび上がっていた。
「…………冗談きついぜ、ったく」
怖かった。
それほど難しい理由はない。
ただ単純に怖いと思った。
迫りくる大群。
無機質に命を奪おうと近づく集団は、それだけで怖かった。
(意味が違うと、こんなに変わるもんなんだな…………)
これまでの戦いは誰かを守るために戦いだったと思う。
だから、引けない理由があった。
恐怖をかき消す要因があった。
だからこそ、戦うことができた。
でも。
今回は違う。
戦いの中で、一番足を引っ張ってたのは自分だった。
誰よりも何もできず、誰よりも結果を残せなかった。
できたことは魔獣の一体を足止めする程度。
それも結局、シャグラの手助けがなければどうなっていたかまるで分からない。
(呆れるほどに遅すぎるよな…………)
怖い。
戦うのは、怖い。
こんな単純で、ごく当たり前のことが、今になって理解できてしまった。
そして、気が付けば魔獣から背を向け走り出していた。
リーゼを置いていかなかったのは、ほんの僅かに残っていた罪悪感が働いただけ。
それも次はどうなるか、まるで分からない。
「情けねぇ」
全身の震えが止まらない。
一瞬でも気を緩めれば、何もかも捨てて逃げ出したくなってしまうくらいに、彼の心は恐怖に支配されていた。
みじめだった。
エティの事を言われ、サトーは大層かっこいいことを言ったかもしれない。
実際はそんなことなく、ただクサいだけの台詞だったかもしれない。
だが、現実はどうだ。
あれだけ息まいて、できることがあるかもと盾を取り、ちょっと弱い相手に善戦しただけ。
その結果。
自分の実力はまるで上がっておらず、足手まといであることにすら気づけないままに、足を引っ張った。
「…………ダサすぎるだろ、マジでよ」
苛立ちベットのシーツを握りしめ、力なく手を離す。
軋む音を聞きながら、体勢を変えて天井を見上げた。
何もない、木でできた簡素な天井だ。
個性も特徴も、何もない。
まるで自分のようだと、小さく自嗤する。
「…………できること」
どうしたらいい。
何ができる。
何なら、今の自分でもできる。
「…………そんなもの、ないよな」
何もない。
考えたところで、己の無力さを恨むことしかできない。
無力だ。
それだけが彼の中に渦を巻き、潮騒のように鳴りやまない。
「そういや、リーゼはどうしてんだろうな」
不意に思い浮かんだのは、何かがおかしな彼女のことだった。
現実逃避に近い思考だが、それでも見えない不安から目を逸らすことはできる。
「でもま、あいつなら平気か。腕力だって並以上にあるし、怖いものなんて何もないだろ」
友人、と呼べるほど対等な関係かは分からないけれど。
サトーの中で、リーゼの存在は物凄く大きい。
この世界の生き方もルールも、何もかもを彼女から教わった。
そして彼女の隣を、運よく歩くことができている。
だからこそ、力になりたいと思うし。
こんな自分なんかじゃ、彼女の力にはなれないとも思ってしまう。
(それにしても、今日のアレはなんだったんだろうな。様子が変なのはそうだけど、態度というか、ここに来てからずっとおかしかったというか)
いくら考えたところで、堂々巡りするのが関の山。
ぶつかるように連鎖していた思考は、始点を忘れてしまう程度に記憶から霞んでいく。
「…………やめだやめ!もう寝よう!」
こびりつく黒い何かを明るく振舞うことでかき消すと、サトーは力強く瞼を閉じる。
それでも、ひたりと背中に張り付いているかのように。
いくら念じても、それが消えることはないのだった。




