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──────到着した場所は、王宮の端にある三角屋根の建物の一番上の部屋だった。
「うわぁ…………!」
四方に壁がなく、支柱しかないので、見通しはかなりいい。
床にはなにもなく、階段もない。
つまりは屋根を辿らないとたどり着けないので、人が来ることがない。
そういった理由でリーゼの一番のお気に入りの場所だった。
「…………」
さて。
こんなところにつれてきたはいいが、何をしたらいいのか分からない。
スカーは勝手に話しかけてくれるので、話す内容には困らなかった。
何もしなくても向こうから話題を見つけてくれるし、どんなに短い返事でもすぐに次の会話に移ることができた。
だが、この少女はそうではないのだ。
そう思うと、一体何をしたらいいのか分からなくなる。
話題、といっても聞くようなことがない。
「…………家族は?」
とりあえず、パッと浮かんだ言葉を発してみる。
存外悪くないだろう、と自分で勝手にそう思っていたのだが。
「──────、」
少女は輝かせていた瞳を曇らせ、下を向いて何も言わなくなってしまった。
触れてはいけなかった内容だと、リーゼでも分かる。
それでも触れてしまったのだからどうしようもない。
ここで開き直るのは少しずれているのだが、そのことに気づけるリーゼではなかった。
「──────お父さんとお母さんは、まだおうち」
「…………?」
まだ、ということはどこかからこっちに引っ越しているのだろうか。
にしては彼女の部屋はそこまで広くないし、そもそも彼女一人を先にここに送る理由もない。
この王宮で、少女一人で過ごしているのは知ってる限りで目の前の彼女だけだし、それこそリーゼくらい複雑な事情がないとする理由がないだろう。
だが、少女は再度顔を上げると、目いっぱいの笑みを浮かべてこう告げた。
「だいじょうぶ。先に行っててって言われただけだし、それにすぐに来るって言われたもの」
それが強がりだと、リーゼはすぐに見て取れた。
困る。
それがリーゼが最初に思った感情だった。
興味を持ったので関わったが、いざ関わるとそれはそれで面倒なことが多い。
人とは、存外複雑だ。
「それで、えっと、あなたお名前は?」
「リーゼ」
「そうだった。えっと、なら、よければだけど、リーゼちゃんって呼んでもいい?」
自己紹介は先ほどしたし、呼び方に関しても聞くことでもないと思ったので思わず首を傾げた。
なんでそんなことをいちいち確認するのかもよく分からないし、スカーは勝手に名前を変えたくらいだ。
「べつに。好きに呼んで」
「分かったわ。えっと、リーゼちゃんは、ご両親はどちらに?」
「いない」
「え?」
「知らない。気づいた時から、そんな人とは会ってない」
「そ、そうなんですね…………」
少女はなんだか気まずそうに顔をそむけた。
気にしないでいいのに、とは思うが、初対面なので難しいんだと理解できた。
また一つ学ぶことができたな、と勝手に満足する。
「さみしく、ない…………?」
「?別に」
さみしい、という感情が理解できず、思わず淡白な返事をしてしまう。
いない相手が欲しいとは思わないし、会いたいなんて猶更に思わない。
そもそも、同じ人と二回以上会うことのほうが少ないので、またねなどの意味が理解できていなかった。
「わたしね、ほんとはこう思うんだ。もしかしたら、もう二度と会えないかもしれないって。この先ずっと、私は一人かもしれないって」
少女は話す度に涙を浮かべていった。
その様子に気付いたリーゼはぎょっと顔を引きつらせる。
なんだこの少女は。
泣かれても、その親とやらに会える保証はどこにもないのに、それでも涙をぽろぽろと流している。
悪いことはしてないはずだが、それでも居づらくなるのは初めての経験だった。
「そうしたら、なんだかすっごく怖くて…………ごめんね。こんなこと話しても困るよね」
少女は涙を溜めながら、それでも健気に笑って見せた。
路地裏に咲いている、小さく可憐な花のような笑みに、リーゼは思わず息を呑んだ。
生まれて初めて、誰かを美しいと思った。
「なら、明日も会いにくる」
「え?」
リーゼは躊躇いつつも、こう言葉を続けた。
「また来る。そしたら、寂しくないでしょ?」
さみしい、という言葉の意味は分からないが、それでも彼女はそう思うのだろう。
なら、私にできることはまた会って、ここに彼女を連れてくるくらいだ。
それ以外にできることが思いつかないし、少女の両親を探すことは勿論できない。
「ほんとう?また会える?」
「会えるでしょ。ここにいるなら」
「ほんとうに、ほんとう?」
「しつこい。会えない理由があるの?」
「それは…………」
「あっても問題ない。会える。絶対できる。だから、大丈夫」
もはや駄々こねる子供のように、リーゼは短く言葉を並べた。
それがおかしかったのか、はたまた嬉しかったのか知らないが、少女は満面の笑みを浮かべてこう問いかけた。
「なら、約束。また明日、ここにつれてきて」
「うん」
時刻は夕方。
既に太陽が沈みかけ、煌々と夕日が二人を包んでいた。
その光に当てられた少女は、なんだかこの世にいるとは思えないほど美しく、リーゼは思わず顔をそむける。
これが、シェルアお嬢様との出会い。
その後私は、王女である彼女の傍にいるために、スカーの手を借りて王宮に仕える近衛兵、いわゆるメイドになるのだが、それに関しては語るほどのことはなかった。
スカーレットが死んでしまう、その時までは。




