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「現在王位に就かれている王女フォルティレ様。それ以外に王家の血を引き継ぐ存在はいません」
衝撃の事実に流石に言葉を失う。
ということは、そもそもシェルアは王家の人間ではない、ということになるのか?
「…………理由とか、あるんですか?」
「我が国の王家が継承する精霊の存在です。精霊は己が見定めた相手としか契約を結びません。ですので、本来であれば人間に順するような存在ではない。それを可能にするある決まりが存在します」
「決まり?」
「決して一人以上の子供を有さないこと。また、婚姻を結ぶのは一人だけであること」
その決まりはあまりにリスクが大きすぎるものであると感じた。
王家と言えばもっと親族が多くいて、分家や宗家といった存在があるものだと勝手に思い込んでいた。
でも、そういったとこから発生するもめ事がないというのは、確かにメリットの一つとして成立するのかもしれない。
「しかし、この決まりはそれほど重要ではなく、なにより精霊の加護がある以上、よほどのことがない限り天寿を全うできます。ですので、それほど問題にはならないのです。ある一点を除いては」
「ある一点?」
「王家は代々、男性がその座を継いでいる、ということです」
そこまで言われて、俺はようやく合点がいった。
今まで宙にぶら下がっていた疑問が、恐ろしい勢いで繋がっていくのが分かる。
「王女様が座に着いた例は一度もなく、現在も名目上は代行として役目を務めている、ということになっています。そしてその王様という椅子は現在も空いたままです」
「つまり連れてこられてきた王家の人間は、その婚約者として送り込まれるってことですか?」
「違います」
「違うんかーい!」
思わずセルフ突っ込みをしてしまう。
さっきまでくみ上げていた理論が一瞬にして壊れたのが分かった。
というか、凄いどや顔で言ってたのがとてつもなく恥ずかしい。
穴があったら入りたいし、スコップがあれば間違いなく今ここで掘ってる。
「現状、王座を務めているフォルティレ様は大変優れており、例外として担うことになれるほどです。なによりそういった思惑にもきちんと気づける聡明さも兼ね揃えている。なにより先代の王はまだ健在です。そんな中、王権を奪うのはほぼ不可能かと」
座っている椅子の位置を直し、姿勢を正すと話を続けた。
「であれば、身内における邪魔者を送り付けることで、足を引っ張らせることで王政の妨害と国力の低下を狙う。現在そういった目的で送り込まれている者が五名存在します。それぞれの王女は、それぞれ別の役職に着き、役目を果たしながらその機会を窺っているのです」
「つまりシェルアもその中にいるってことか、だからなかなか会えないのか」
「いえ、そうではありません」
否定したリーゼの声は、どこか悲しげで、今にも泣き出しそうな気配がした。
慌てて顔を見るが、その表情は悲しみより悔しさが滲んでいるようだった。
明らかに様子が異なる。
「シェルア様の国は、あの御方が五つの時に滅んでいます」
しん、と。
部屋が一瞬で静まり返るのが分かった。
濡れた食器から出る水滴の音や、風に揺られる木の音が無くなったかのような静寂に包まれる。
ぎゅ、という音がする。
リーゼはスカートを握りしめた音だろう。
掴んだ腕が小刻みに震えていた。
「あの御方は生まれて間もない頃に我が国につれてこられ、一度も帰ることなく国が滅びました。先代の国王はこのことを酷く悲しみ、シェルア様を生涯我が国で育てていくと告げたそうです。ですが、今の王政において、シェルア様は不要。いやむしろ邪魔でしかないのでしょう。ですから、」
「こんな森の奥に隔離されてるってのか…………」
きっと、いや今でさえ、彼女は独りなのだろう。
故郷を失い、家族を失い、そして居場所すらどこにもない。
だからこそ彼女は寂しく笑ったのだ。
何もない自分に対して。
「…………くっそ」
思わず、俺はそう呟いていた。
きっと彼女にとって、俺は初めてできた何も知らない、ある意味で対等な存在だったのだろう。
この世界において、彼女を受け入れてくれる可能性を秘めた、たった一つの相手。
『いつか外の世界を見て回りたい』
彼女にとって、それがどれだけ重要で、大切な言葉だったか。
その意図の一部分ですら俺は理解できていなかった。
あれほど、彼女は訴えていたのに。
「話が大きく逸れましたね。少し時間がかかりすぎてしまいました。申し訳ありませんが、話はまた明日、ということでよろしいでしょうか?」
「…………はい」
「最後に一つ、これは私の個人的なお願いです」
振り返るとリーゼがこちらを真っすぐ見つめていた。
「どうか、普通に接してあげてください。それがあなたにできる、唯一のことですから」
俺は静かに頷き、そのまま部屋を出ようと扉の方に向かう。
自分にできること。
それはきっと、彼女を悲しませないことだろう。
どのくらいできるかは分からないが、やれることは全部やるしかない。
そう決意するサトーの背中を、リーゼは静かに見つめているのだった。




