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「お、やっぱりここにいたか!」
「大丈夫だったかお嬢ちゃん!」
その声は、地上に戻る際に聞こえた。
「あなたたちは、確か…………」
見るとそこには先ほど本部のロビーで見かけた二人組の姿があった。
スキンヘッドの方が槍を背負っており、トサカ頭の方がハルバートらしきものを背負っているのが見える。
どうやら冒険者だったらしく、妙に親しげに話しかけてきた。
最初、シェルアの事を心配で追いかけてきたのかと思ったが、実際は少し違った。
「んん?その様子だと、やっぱりダメだったか!」
「だから言っただろう?そこの疫病神と一緒じゃダメだって!」
ゲラゲラと笑いながら、二人組はエティの事を指さす。
エティはその小さな体を隠すようにヴァンの後ろに移動していた。
「その話、詳しく聞いてもいいかな?」
シャグラが割って入ると、二人組の男は気持ちよさそうに話し始める。
「なんてことない話さ。ダンジョンの仕掛けにはある特徴があってな。特定の魔力をぶつけると一定時間は機能を停止させることができるのさ。だからこの街では魔術師が必須なわけよ」
「だけど、そいつは魔術師を名乗っているのにそれが全くできない。それどころか機能を活性化させて暴走させちまうんだ!その結果、何も知らないよそ者のチームが壊滅したって話が後を絶たないのさ。んで、ついたあだ名が「疫病神」ってなわけ」
「でもっ!アタシちゃんとやってるもん!」
「やってたって、実際今回も失敗したんだろ?その証拠に倒れてるやつまでいるじゃないか」
エティがなんとか反論するも、その男たちはばっさりと言い捨てた。
つまり、さっきのイングタの大量発生は彼女のせいということになる。
彼女が本来しなければいけない役目を果たせなかった結果、やむを得ず撤退する羽目になった。
彼らが言いたいことはそれだけだった。
「だから言ったじゃないか。俺らのチームに入ろうって」
「そうそう。お嬢ちゃん可愛いから、ボクたち頑張っちゃうなー」
困った様子で笑みを浮かべるシェルアを見て、サトーはおおまかな事情を察した。
そのうえで、何を言うべきかも、すぐに理解できた。
「────悪いけど、その必要はないな」
ニタニタと笑みを浮かべてシェルアに触れようとしたその手を、サトーが力強く掴んだ。
「あァ?なんだニイちゃん、痛いじゃねぇかよ」
「おおう?なんだなんだ?やろうってか?」
「…………エティ」
凄みを利かせてくる二人を目の前にしながら、サトーはエティに向けてこう言い切る。
「気にするな。これは、俺たち全員の失敗だ。だから、気に病む必要なんてどこにもない」
「…………!」
エティの顔がハッとする。
その姿を見たヴァンが、小さく笑みを浮かべた。
二人組は、しばらくこらえた後、堰を切ったかのように爆笑した。
「おいおい聞いたかよ!コイツ今、気にするな、だとよ!」
「かっこいー!お兄さん、感動しちゃうなー」
げらげらと、どこまでも笑う二人組を無視して、サトーは上に戻る階段へと向かう。
最後にシェルアにちょっかいをかけようとしたのか、声をかけようとした二人組の間にシャグラが割って入った。
「ああん?」
「なんだ、テメぇ」
背丈ならシャグラの方が僅かに高い。
不意に見降ろされ、一瞬気圧された二人組は一歩だけ下がってしまう。
シャグラは満面の笑みを浮かべると、こう囁いた。
「長生きしたいなら、喧嘩売る相手くらいは選んだ方がいいよ」
「その顔、覚えたからなァ」
エティの前に立つヴァンが静かにそう嘯く。
その声には木枯らしのように乾いていた。
「ヒェッ…………」
喉がすぼむような情けない声を上げると、二人組はそそくさと扉の方に向かってしまう。
そんな背中を眺めながら、ヴァンはハン、と鼻で嗤う。
「情けねェ連中だぜ、全く」
「ああいう輩はどこにでもいるからねぇ。気にするだけ無駄だよ」
「そういうもんなんすかねェ」
歩き出す二人の背中を眺めていたエティが、こらえきれない様子で声を上げた。
「あ、あの!」
「ん?どうした?」
ヴァンが不思議そうに足を止め、シャグラも同じようにその場に止まった。
「えっと、その、あの…………」
「んだよ?早くしねェと、師匠らが先行っちまうだろォが」
苛立っている様子のヴァンに、エティは意を決するようにこう尋ねる。
「なんで、何も言わないの?」
あの二人組が言っていたことは本当だ。
エティは意図的に事実を伏せていた。
そのうえで自身を誇張して、仲間に入った。
やらないといけないことを放棄したまま、彼女は何食わぬ顔でチームに加わっていた。
誰の目から見ても、悪いのはエティだ。
知らないことをいいことに、相手を騙していた。
それでも。
「なんでってそりゃ」
「なんて言えばいいんだろうねぇ」
不思議そうに首をかしげる二人は、ほぼ同時に同じ内容を言った。
「師匠の言った通りじゃね?今回の失敗は、全員の失敗だろォ」
「そうそう。大体、下調べもなしにここに来てる時点で既に詰んでるようなものだからねぇ」
「だからテメェがどうこうって拘泥する必要ねェし、するだけ無駄だろォが。できねェなら、できねェ前提で戦えばいいだけの話だし、聞かねェ調べねェのはオレらが悪いしなァ」
「今度はちゃんと調べて、それから挑めばいいだけ」
何を当たり前のことを言っているんだと。
心の底から思っている態度に、エティは思わず息を呑んだ。
ここでは、個人の実力が全てだ。
力なき者は淘汰され、力あるものが全て正しい。
まさしく弱肉強食の世界。
シンプルで、残酷な仕組みのみが存在する場所だ。
それは冒険者の性質そのものだった。
己の力を信じ、高めてきたからこそ、起こりうる結果は常に成功が伴うと信じて疑わない。
だからこそ、エティは嫌われるのは当然だと思っていた。
彼らの言っていることは事実で、否定しようのないことだったから。
私がちゃんとできれば、こんなことになっていない。
だから。
「それに、一番悔しいのは彼だろうからねぇ」
「間違いないッすね」
先頭を歩く彼の姿が見える。
盾を背負った、なんてことないよくいる人物。
実力も才能も、きっと平凡かそれ以下だろう。
ここにおいては、次第に居場所がなくなるであろう、取るに足らない存在。
だが、その背中から沸き立つそれを、エティは知っていた。
彼は本気で悔しがっていた。
私のせいで失敗したのに、彼は自分のせいだと本気で思っていた。
だからこそ。
彼は誰よりも怒らず荒ぶらず、ただ淡々と前を歩いていた。
「気にすんな、とは言えねェけどよ。次できりゃ問題ねェだろ」
「そうだねぇ。誰も死んでないし、怪我人もいない。ちょっと倒れた人はいるけど、それでも五体満足なんだから、何も問題ないと思うけどねぇ」
そう語る二人の表情は、どうしても嘘をついているようには見えなかった。
エティはただ立ち尽くすしかなかった。
この感情を言葉で言い表すことも、行動で示すこともできなかった。
正しい反応が、分からなかった。
「ひとまず、宿を探さないとねぇ」
「そっすねェ。いい加減、ベットで寝たいッス」
ヴァンとシャグラは先を歩くサトーの後を追う。
その足取りは軽く、どうしてか希望に満ちているように見えた。
失敗して、撤退する。
本来ならもっと咎められて仕方ないはずなのに、彼らは誰一人としてそれをしなかった。
「…………」
残されたエティは、ただ立ち尽くすしかなかった。
どうしていいのか、全く分からなかった。




