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「逃げろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
三十を超えるイングタの群れに、サトーは咄嗟にそう叫ぶ。
その声よりも早く、イングタの群れが一斉に襲い掛かってきた。
さながら黒い濁流のような様に、サトーは目の前が真っ黒になったように思えた。
だが。
「ルァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアア!」
ヴァンは両手の掌を地面に押し込むように叩きつける。
直後、バカン!という音と共にイングタの群れが地面にめり込んだ。
「やっば…………!」
「師匠!早く!」
ヴァンの本気に呆気に取られたサトーは、その必死な声を聞くと、慌ててリーゼを担ぎ上げた。
「シェルア!逃げるぞ!」
呆然としていたシェルアに声をかけ、リーゼを背負いながら懸命に入口へと走る。
重い。
いくら女性だからといっても、気を失った人一人を担いで走るのは重労働だった。
一歩一歩走るだけで全身から汗が噴き出て、周囲の空気が更にまとわりついてくる。
「エティも早く!」
「う、うん…………!」
エティもまたサトーに続く形で出口へと向かった。
シャグラの姿はヴァンの近くにあるのが一瞬だが見えた。
きっと撤収するヴァンの援護をしてくれるのだろう。あの二人ならむしろ自分は邪魔だ。
あと数歩。
シェルアが扉を開け、転がるようにしてなんとか脱出することに成功する。
「はぁ…………はぁ…………はぁ…………はぁ…………」
なんてことないそこが、さながらクーラーの効いた部屋のように涼しかった。
怪我のないように慎重にリーゼを下ろすと、サトーはその場に倒れこみ天井を見上げた。
「大丈夫、サトー?」
「ん?あぁ、平気平気。ちょっとしんどかっただけ」
多少なり無理はしたが、それでも命に代える物はない。
それに死なないのなら多少の無理や無茶くらい安いものだった。
「ホラ。師匠、忘れものッすよ」
ダンジョンに残っていたヴァンは、片手にサトーの盾を持って出てきた。
「わざわざ回収してくれたのか!ありがとな、ヴァン!」
「いいっすよ別に。ついでだったんで」
ぶっきらぼうに返事をするヴァンの全身には小さな出血のあとが見えた。
恐らく、この盾を回収するために無茶をしたのだろう。
らしくなく、ヴァンの息が乱れていた。
その後ろにシャグラの姿があったが、こっちは特に平気そうだった。
「にしても、これは…………」
「失敗、ですね…………」
予想外の事態があったとはいえ、結果は散々だとしか言えなかった。
ほんのわずかな戦闘だったが、それでも足りないところだらけなのは明確。
サトーだけでは敵を倒すことができず、一体倒すのに三人がかりでやっと。
シャグラは終始圧倒していたが、それでも純粋な数の暴力には勝てないはずだ。
撤退の判断にも一切の異論を挟まなったということは、シャグラでもあの場はどうにもならないということだろう。
だが、そんなことよりも。
「それで、そのリーゼさん、はどうしたわけ?まさかいつもこうじゃないでしょ?」
エティにそう言われ、シャグラがそっと近づくと額に触れた。
「んー、特に熱があるわけでもないから、単純に不調だったのかもねぇ」
「不調だァ!?そんなんでこいつが倒れるかよォ」
「ま、まぁリーゼだって常に完璧ではないですから…………」
シェルアがやんわりとフォローするも、やはり驚きのほうが大きいだろう。
サトーですら、今でもあまり信じられなかった。
いくらなんでもリーゼが調子に左右されたくらいで倒れるとは思えない。
考えられるとすれば。
「過度な疲労、とか…………?」
「そうかも…………リーゼ、私が寝ていた時もずっと看病してくれたって言ってたし」
思い返してみれば、リーゼの負担は相当なものだったはずだ。
金銭面の管理や、日常的な作業、戦闘では常に人の数倍は働いていた。
最初からこうであったから、てっきりそれが彼女の普通なのだろ思いそうになったが、彼女に無理を強いていたかもしれない。
そう考えると、あまりに任せっきりだったなと反省すべき点が多かった。
「とりあえず、今回はここまでかな」
「ですね」
「だなァ」
シェルアとヴァンは立ち上がると帰るための準備を始める。
サトーはエティの方を見ると、深々とお辞儀をした。
「ごめん。こんなことになっちゃって」
「べ、別にいいわよ!こればっかりは仕方ないわ」
慌てた様子でそう答えるエティは、どこかバツが悪そうにしていた。
彼女に非があるようには見えなかったが、何か彼女の中で納得のいかないことがあったのかもしれない。
シャグラがひょいとリーゼを背負ったのを見て、サトーは自分の盾を背負う。
状況が状況だったので仕方ないとは言え、些か申し訳ない気持ちになる。
せっかくの貰い物を、あんな風に放置してしまうのはやはり気分はよくなかった。
「…………どうするかな」
どことなく広がる暗雲に、サトーはそう呟くしかないのだった。




