15
「ここよ」
「随分とボロっちい店だなァ…………」
「だからいいんでしょ」
そうして案内されたのは路地裏を何度も曲がった先にあった、小さな喫茶店らしき場所だった。
部屋は暗く、お世辞にも掃除が行き届いているとは言えない有様だった。
店のあちこちに蜘蛛の巣が張られ、棚は埃でいっぱいになっている。
人の姿はないが、エティは気にすることなく比較的綺麗な一角に向かう。
「ここの店主、しょっちゅう賭け事に行ってるから基本的にいないのよ。顔見知りだから、置いてあるものも大体好きに使っていいって言ってるし」
「商売として成り立ってないだろそれ…………」
もはや喫茶店をしている必要性を微塵も感じないのだが、それでもやりたい理由があるのだろう。
喫茶店と聞けば脱サラして開くイメージがあまりに強いが、この世界にサラリーマンという概念があるのか知らない。
一行は適当にテーブルを選ぶが、イスにも埃がびっしりついていることに気が付いて動きが止まった。
するとそよ風が巻き起こり、あっという間に埃を巻き込んで、部屋の端の方で消える。
ヴァンにお礼を伝え、ようやく腰を下ろした。
「で、どっから説明すればいいわけ?」
エティは深々と椅子に腰かけるとそう尋ねてきた。
埃など気にしていない様子にサトーは内心驚く。
もっとこう、汚れたくない!とか言うのかと思っていたからだ。
そう聞かれると、存外思いつかないのが不思議なところだった。
知らないことだらけだし、なんなら知っていることが正しいのか判断ができない。
「んじゃ、オレからいいか?」
ヴァンは小さく手を挙げると、そのまま言葉を続けた。
「なんで奴隷を助けたらダメなんだ?」
「簡単に言えば、後ろに国がついてるからよ」
「国だァ?」
ヴァンが素っ頓狂な声を上げると、エティは近くにあった空のコップを手の中で遊ばせる。
「アンタたちエルフィン王国の生まれでしょ?それだとあんまり理解できないかもしれないけど、この国とギルドはかなり密接な関係にあるのよ。表向きは一切のかかわりがないってことになってるけどね」
「確かリーゼがそんなこと言ってたな…………」
「リーゼって…………いえ、まさか、ね…………」
エティの顔色が一瞬悪くなるが、首を振って話を戻した。
「この国は昔から兵器や道具なんかを作る工業に力を入れてるの。でも、どんなに効率化しても限界があった。だからどうしても労働力が欲しかった。どんな技術があっても、人の手が足りなかったら発展させることは難しいから」
「それを補うための奴隷ってことか…………」
現実世界における奴隷の仕組みと同じだった。
過去を振り返れば例外もあっただろうけど、それでも大概は労働力として安価で大量の人材を欲してきた歴史がある。
そのおかげで歴史は積み上げられたのだろうけど、だからといって許容していいわけではないのは確かだ。
なにより、サトーは個人的に好きではなかった。
「ギルド『白日の虎』は冒険者として成功しなかった人間や、行き場を失った人間を奴隷として買い取ってるの。奴隷になるのは大概借金まみれだったり、誰かに命を狙われてたり、大概はそういうどうしようもない状況下にいる人を狙うわ。そこに漬け込んでできた奴隷を国や富裕層に売りさばく。そうやってこの街は大きくなっていったわけ」
エティは手に持っていたコップを机に置くと、ガタンガタンと椅子を傾けながら話を続けた。
「だから、奴隷に手を出すとギルドに報告が行く。下手すれば逮捕状が出てあなたたちまで奴隷になるかもしれなかったわけ」
「でも、それはギルドの権限ですよね?それならこの街から逃げ出せば…………」
「それは無理ね」
シェルアの問いをエティは一瞬で否定した。
思わず口をつむんだシェルアは、返す言葉なく黙り込んでしまう。
「理由は二つあるんだけど、一つは街に仕掛けられている結界。奴隷には手の中に毒を発生させる魔術が仕掛けられていて、街から出るとそれが自動的に発生するの。あの男の人の右手にタトゥーみたいなのあったの見えた?」
「いや、全然…………」
「あったと言えば、あったかもしれねェなァ」
サトーとヴァンのリアクションは曖昧だった。
二人とも頭に血が上っていたし、その男性との距離はそれなりにあった。
注視すれば見えたかもしれないが、あの状況で手の甲に意識が向くわけがなかった。
「次見かけたら確認してみて。それともう一つは、ガダル王国は奴隷制度を公にはしてないの。まぁ勿論知ってるとは思うけど、それを黙認している状態って言えば伝わる?」
「把握できてはいるけど、知らないってことにしてるのか」
「そういうこと。だから奴隷に逃げられるのは凄くマズいわけ。当然そんなことになったら国家権力をフルで行使して捕縛するわ。これでも周辺の国の中だと軍事力だけを見れば一番だから、下手なことはできない。特にエルフィン王国はね」
つまり、便利な存在である奴隷を黙認し酷使しているが、公にされるとまずいため運命共同体になっているらしい。
まぁありがちといえばそうかもしれないが、だからといって人権を踏みにじる行為を容認できるわけではなかった。
「だから奴隷には関わらない、それがこの街の鉄則。ギルドにも独自の自治権があるから、下手なことしたら色々マズいわけ。理解できた?」
そう聞かれても、誰一人として返事をする人はいなかった。
ある意味、それは仕方のないことだった。
いくら事情があるとはいえ、虐げられる人を無視することはできない。
それはサトーでもシェルアでも、この四人なら皆同じであり。
「なるほど、ね」
小さく呟いたサトーの言葉が、全員の総意に近いものだった。




