14
幸いにもエティの手には奇抜な杖が握られている。
彼女の背丈では人混みに消えてしまうが、ちらちらと揺れる銀色の杖の先端が彼女の居場所を知らせてくれた。
人ごみは変わることなくどこまでも続いていて、景色はなかなかに変わらない。
サトーはそんな風景に少しだけ飽きて、視線を動かした。
そして、見てしまった。
「あれって…………」
「…………」
すぐ後ろを歩くヴァンが得も言えぬ表情に変わる。
それに気づいたシャグラは一瞬だけ視線をその先に向けた。
そこにいたのはみすぼらしい姿の男性だった。
手足には手錠がつけられ、手の手錠には鎖が巻かれている。
首にも同じような輪がついており、やせ細った体に隙間なくつけられている。
髪はボサボサだが、お世辞にも綺麗とは言えない状態だった。
毛先があちこちに跳ねているだけならいいが、見るからに不潔であるのがこの距離でも分かった。
男性は腰が直角になるほどに折れ曲がった状態で歩いていた。
その背中には大量の荷物と、それを背負い固定できるように作られた背負子と呼ばれるものを身に着けていた。
「よりにもよって、ソレがあるのかよ」
サトーの知識にそれはあった。
知らなければよかったと、この時ばかりは思った。
男性は歯を食いしばりながら、必死に歩いていた。
周囲の人は嘲笑することはないものの、手を差し出すことはなく、その少し先を歩く小奇麗な女性が苛立った様子で眺めている。
奴隷。
それは人類史における最大の汚点。
同じ人類に優劣をつけ、精神的にも肉体的にも追い詰める行為。
差別の頂点であり、姿や形を変えてもそういった力関係は見えない状態で残り続けている。
「ああもう!ホント使えないわね、この屑!」
女性は我慢が限界を達したのか、ハイヒールの音をたてながら男性に近づき、
「せっかくの男なのに!どうしてこう!なにもできないのかしら!」
その高いヒールで男性を地面に蹴り倒してしまう。
「なッ…………」
蹴られている男性は為すすべもなく蹴られながら、それでも必死に謝罪を繰り返していた。
だが、そんな行為はまるで効果がなく、規則的にそのリズムを刻んでいる。
あまりに行き過ぎた行為を、周囲の人々はさながら日常風景のように眺めているだけで。
その光景に、サトーの何かが音を立ててぶち切れた。
「テメ──────」
「ちょっと!なにしようとしてんのアンタ!」
止めたのはエティだった。
すぐ近くにいた人たちは何事かとサトーの方を見るも、興味が失せたのか視線を外す。
「オイ、なんで止める!早くアイツを助けないと」
「こっちの台詞よ!止めに行ったらどうなるか知らないわけ!?」
体格差があるものの、エティはサトーの袖を掴んで離さなかった。
その必死な姿にサトーは一瞬体が怯んだ。
こうしている間も音は規則的に刻まれている。
謝る男性の声は徐々に小さくなっていった。
わなわなと震える体を、抑え込むのは限界に近かった。
「ぶぎゃ」
視線を外した直後、そんな豚の悲鳴のような声がしたかと思うと、周辺の人が笑みを隠していた。
人ごみの隙間から見ると、どうやら女性の方が派手に転んだらしい。
無様な光景を見せてしまった女性は、顔を真っ赤にしながら奴隷を放置して急ぎ足でその場を後にしてしまう。
「これでいいんだろォ?」
気が付けばヴァンが傍に立っていた。
睨まれたエティはフン、と鼻を鳴らすと、掴んでいたサトーの腕を離した。
「すまん」
「気にすんなよ、師匠。オレも結構キテたからなァ。制止が無ければぶっ飛ばしてたぜェ」
ギラリと輝く瞳は、明確に怒りの色を見せていた。
エティだけでなく、味方であるサトーですら寒気のするほどの殺気は、頭を叩く音でかき消される。
「はいはい。ここでそんな殺気ばらまかない。余計目立つからねぇ」
「サトー、手が!」
シェルアに言われて、そこでサトーは両手で拳を握りしめていたことに気が付いた。
しかもかなり力を込めていたからか、掌が真っ赤に染まっている。
「大丈夫、ですか?」
「あぁうん、全然平気。ちょっとびっくりするくらい、全然痛くないから」
軽く手を振ってどうにか誤魔化すが、意識したからか脈打つように痛み始めていた。
こんなことなら見栄を張らなければよかった、と心の底から後悔するも既に遅い。
「分かったと思うけど、君以外ここの仕組みとか知らないんだよねぇ。だから一から教えてくれると助かるんだけど」
「…………そう。まぁあんなことしようとした時点でなんとなく察したけど」
エティは呆れた様子でそう言うと、クルリと行先を変えた。
「ついてきて。うってつけの店、知ってるから」




