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そうして広げられた宴会は大いに盛り上がり、太陽は完全に沈んだころにようやく静けさを取り戻すことができた。
「はーあ、楽しかったー」
焚火の前にいるのはツークとプレサス、それとサトーだけだった。
リーゼはシェルアを寝かしつけるために先に移動し、意外にも健康的な生活習慣のヴァンも眠気からリタイア。
シャグラは用を足しにどこかへと消えて行ってしまった。
「…………」
プレサスは何も言わず、淡々と酒に口をつけていた。
少量とはいえ、宴会の初めからずっと口をつけているのに、プレサスの顔色は一切変化していなかった。
これが大人なのか、とサトーは内心慄く。
「しっかしまぁ、面白いメンバーを集めたねー君は」
ツークは大きく背伸びをすると、勢いよく息を吐き出してそう言った。
「確かに、お姫様と一緒に旅するなんて、普通はないとは思いますね」
この世界の人口やら姫様の人数を知らないが、だからといってごくごく普通の人と旅をする確率は極めて低いだろう。
第一、その人物が本当にお姫様なのか確証を得られないどころか、気づく可能性の方が低い。
「それもそうだけど、それ以上に君自身も相当に面白い存在だって気づいてる?こんなメンツを従えて一緒に旅できる人なんて、普通じゃなかなかいないと思うけどなぁ。ねぇ、プレサス?」
「…………」
ツークの問いにプレサスがコクリとうなずいた。
自慢になるが、自分の仲間は非常に頼もしい。
なにせ騎士団の元団長補佐がいて、万能のリーゼ、それに戦闘能力の高いヴァンがいる。
シェルアだけでも普通ではないのに、これだけの人と関われているのはある意味奇跡に近いだろう。
そんな考えが読まれたのか、はたまた顔に出ていたのか。
ツークは呆れた様子で笑った。
「その考え方は違うんじゃない?君は君の力でここまで来れたんだと、私は思うけどな」
「それは、買い被り過ぎです。シェルアとリーゼに会えたのだって偶然だし、それに俺一人じゃ何もできなかったんで」
思い出すのは魔獣と戦った森。
謎の人物と戦ったダンジョンでの事件。
ナマク村での襲撃。
エルフの里での魔獣討伐。
それはあまり多くはないかもしれない。
いや、きっと少なく些細なものなのだろう。
だけど、それだけで打ちのめされるのには十分だった。
自分は平凡だと。
突き付けられるには条件が揃っていた。
そしてそれを、未だに認められないことも含めて。
無力だと、思い知らされることしかできずにいる。
「君はシェルアに似てるね。他人の評価じゃなくて、自分自身で自分を過小評価している。それはね、謙遜じゃなくて、卑屈って言うのさ。はっきり言って、あまり褒められたものじゃない」
ツークの言葉は厳しかった。
きっと、自分だけに言っているのではないのだろう。
だとしても、自分自身が役に立てた、と胸を張れる瞬間がないのだ。
この世界に来て、俺は何かできたのだろうかと。
夜を迎える度に考えてしまうくらいには。
「君がどうやってシェルアとリーゼに会ったかは知らない。だけど、事実今ここに彼女らはいる。君を仲間だと信じ、様々な事情を抱えた上でここにいるんだ。そのことを、君はもう少しだけ誇りに思うといい。それは、君だからできたことだ」
ツークは淡々と言葉を続けた。
盛る炎は途絶えることなく、ゆらゆらと暗闇に消えていく。
「君はシェルアを救った。誰もできなかったことを成し遂げた。本当ならね、私がしたかったことをだ。それなのに、そんな考え方でいられるのは正直気分が良くない。今してるのは、簡単に言うなら八つ当たりというやつさ」
気が付けばプレサスの姿がなかった。
きっと彼も、用を足しにでも行ったのだろう。
気に留めないことが最大のお礼になることを。
教わらなくても、サトーは理解できていた。
「なんて、少し酔いが回りすぎたかな。ごめんね、今の話は忘れてくれ」
たはは、とツークは恥ずかしそうに笑うと、手に持っていた酒を一気に放った。
音を立てて飲み干す音が聞こえる。
静かだった。
まるでここに二人だけしかいないような、そんな感覚。
故に、青年の口が滑ったのだ。
「シェルアは、どうして嫌われていると思っているんですか?」
それは今まで一度も口にしなかったことだった。
嫌われている、という言葉を聞いたことはない。
なのに、彼女は頑なに自分は嫌われていると思い込んでいる。
そのことを咎める権利はないものの、解決できるのならしたいと思うのが本心だった。
「…………両親を失ったというのは知っているよね」
ツークはポツリと、そう呟いた。
「彼女の記憶は今、極めて曖昧らしい。特定の単語ではなく、全体的に抜け落ちている箇所があるって聞いてる。その原因は恐らく、両親を失った理由が自分にあると思い込んでいることだ」
「だから、あの時…………」
私がいると皆を不幸にする。
あれはきっと、漠然と感じていたことなのだろう。
根拠は薄く、問い詰められれば答えられない程度のものに違いない。
だけど、それでも彼女がそう思うのには十分すぎる出来事があった。
トラウマになって然るべき出来事が起きた。
初めて会った時、彼女はそう思っていた。
いや、今でもそう思っているかもしれない。
それを解きほどく術が、ないかもしれないまま。
「このことを話すことは今はできない。だけど、全てが解決したら話すことを約束する。だから、今だけは」
「聞かず、シェルアの味方であってほしいってことですか?」
「うん。私じゃ役不足でさ、どうしてもダメなんだよね。きっとここが精いっぱい。どこまでいっても、アタシは『傍観者』を辞められないのさ」
力なく笑うツークは、先ほどまでの人とはまるで別人のようだった。
明るい姿はどこにもなく、朧げな影が伸びているような、掴みどころのない不安が滲んでいるようだった。
「だから、お願い。君だけはあの子の傍にいて。決して手を離さないであげて」
そう頼むツークの目は必死そのものだった。
多分、俺が初めて彼女の味方なのだろう。
初めてできた心安らぐ場所。
初めて会った時に感じた認識は間違っていなかったらしい。
だから。
「実は、彼女と約束してるんです。必ず守るって」
そう言って、サトーはニカッと笑った。
焚火の炎より明るく、その陰を払うような笑みを。
「だから、安心してください。この約束だけは必ず守るんで」
その表情を見たツークは、一瞬目を見開き、やがてスッと目じりを細めた。
「そっか。うん、そっか。それならきっと、彼女は安心だ」
しきりにそう呟く彼女の声は、やがて途切れ炎へと消える。
夜は更ける。
どこまでもどこまでも、その色が褪せることはなかった。




