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「それでは、野営の準備を行いたいと思います」
リーゼはまるでなかったかのように話を始め、あっという間に仕事を振っていく。
途中ヴァンと仕事の内容で嫌味をぶつけあっていたが、もはや見慣れた光景のため、全くといっていいほど驚くこともなかった。
ツークはサトーらの準備に興味が湧いたのか、自身が背負って持ってきた荷物を放置して観察に来ていた。
残されたプレサスは、そっとリュックサックの中身を検分し、本当に全部の荷物を持ってきていることを知り、誰も見てないところで頭を抱えていたが、それを目撃している者はいなかった。
(正直、呑気にこんなことを思うべきじゃないんだろうけど)
野営の準備、といってもキャンプの簡易版のようなもので、女性陣は荷車で寝るため、男性陣のみがテントを使っている。
その他に適当に座れる椅子と料理をするための火起こし、後は料理の下準備をするだけだった。
料理の準備はリーゼではなくシャグラが担当することになっていた。
腕に差は大してないが、シジマにあげる餌を料理で使った素材の残りを使いたい、という都合からシャグラが担当することになっている。
余談だが、サトーとシェルアは料理はあまり得意ではなかった。
以前、試しに料理をしてみようとしたところ、リーゼから「二度と包丁を持たないでください」とひどく真剣な表情で諭されたのだ。
今でも納得はしてないが、あんなに必死な表情を見たことがないので、従うほかなかった。
(こう見ると、かなり賑やかになったよなぁ…………)
わいわいと準備を進めている光景を見て、サトーはしみじみとそう呟いた。
三人しかいないチームだったのに、気が付けば五人に増え、今は一夜だけだが七人になっている。
改めて見れば壮観というか、よくここまで増えたなぁと思うばかりである。
シェルアはツークと話をしており、しきりに笑みを浮かべていた。
よほど波長が合うのだろう。
同じ姉妹とはいえ、生まれも育ちもまるで違う。
言ってしまえば赤の他人なのに、その姿は本当の姉妹のようだった。
(でも、ツークはシェルアと仲がいいんだな。てっきり追放?幽閉してるくらいだから、あんまり仲良くないのかと思ってたけど)
ツークの距離感は、久しぶりに会う親友のようなものに近く見えた。
大人の対応をしている可能性もあったが、ここまでする必要があるとは思えないし。
なにより、そんな小細工をする性格にはとても見えなかった。
「何をボサっと立っているんですか。暇ならプレサス様の手伝いでもしてください」
「う、うっす!」
リーゼにぴしゃりと言われ、サトーは思わず背筋をピンと伸ばした。
相変わらず、どこにいても彼女は彼女のままだった。
その変わらない姿にほんの少しだけほっとする自分があるのが悲しくもあった。
もしかしたらそういう趣味があるのかもしれない。
嫌だが。
「えっと、なんかやれることあります?」
「いえ、特には。お気遣い痛み入ります」
プレサスはテントの設営をしていたが、サトーに話しかけられるとその作業を中断し、ぺこりとお辞儀をした。
あまりに腰が低い様に、「こっちこそすいません」と深々とお辞儀をしてしまう。
すると何かおかしかったのか、プレサスが声を押し殺しながら笑い出した。
「あの、俺なんかしましたか?」
不安になってそう尋ねると、プレサスが笑みを浮かべながら謝罪をする。
「いやなに、そこまで丁重に返されるのは初めてでな。しかも不慣れな動き。些か面白く、つい笑みが出てしまったのだ。気に障ったのなら謝罪しよう」
「いえ、別にそれは平気ですけど…………」
笑いながら話すプレサスは、先ほどまでの強面の厳しい感じが一切しなかった。
さながら優しいおじいちゃんのような瞳でこちらを見つめている。
「なるほど。確かに貴殿ならシェルア様のことも動かせるかもしれんな」
「シェルアのこと、知ってるんですか?」
「無論だ。我は元騎士団の団長だったからな。彼女らのことは誰よりも知っている」
「騎士団の、団長…………!?」
呆然とするサトーを見て、プレサスは不満げに鼻を鳴らした。
「貴殿くらいの世代ではもう知らぬのか。世の常とはいえ、あまり年はとりたくないものだな」
騎士団の団長、ということはシャグラの上司ということになる。
だからシャグラは会った時に何も言わなかったのだ。
昔の上司なんて彼のトラウマに深く結ばれているだろう。
後で大丈夫だったか確認しないと、と脳内のメモに記そうとし。
いや、今はそれどころではないと自分で自分に言い聞かせた。
「てことは、聖人なんですか……?」
「元、だがな。聖人は所有する聖遺物との契約が終了した時点で聖人としての力を失うことになる。今の我にそこまでの実力は残されておらぬよ」
淡々と語るプレサスだが、それでもやはりとんでもない話だ。
元とはいえ、この世界で三人しかいない聖人、その一人がここにいるのだ。
それこそ一生に一度会えるか分からないほどの人間である。
色紙とペンがあればサインが欲しいくらいの幸運だと浮かれつつも、その人柄に触れたこともあって口が動いていた。
「聞いていいか分かんないんですけど、なんでプレサスさんはツークさんと一緒にいるんですか?」
「そうか。貴殿は我が国の仕組みを知らぬのか」
プレサスが驚いた様子でそう言うと、コホンと咳ばらいをして話を続けた。
「我が国では王女様一人につき、専門の護衛がつくのだ。それを傍付きと呼ぶのだが、我はツーク様の傍付き。そこにいるシャグラはシェルア様の傍付きだった。シェルア様は諸々の事情で政界から外されたため、シャグラは自動的に役目を損ねたがな」
シャグラがどこか気まずそうにしていたのは、恐らくこれも理由なのだろう。
任務から外れるということは、確実にシャグラ本人の許可がいる。
事情が事情とはいえ、シャグラからすればあまり気持ちのいい話ではない。
嫌がらせに似た不幸の連続にまるで自分の事のように辟易していると、フワリとプレサスが笑みを浮かべて語る。
「我は既に騎士団を引退した身だが、ツーク様から任を受けて同行させていただいておるのだ。後は御覧の通り、西へ東へ、あの御方の心の赴くままというわけだ」
「なるほど。説明、ありがとうございます」
「構わぬ。こちらも楽しかった。つまらんかもしれないが、続きは後でゆっくりしよう」
プレサスはそう言って、荷物を仕分けるためにリュックサックの方へと向かった。
先ほどのやり取りから察して、サトーはそっと離れるのだった。




