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「しっかしまぁ、なんというか」
後方にそびえる関所を眺めつつ、サトーはため息をついた。
「まさかあんなにあっさり通れるとはなぁ…………」
「凄かったッすねェ」
隣を歩くヴァンがそう返事をした。
関所には十数人の兵士がいたのだが、ツークの手前では警備の役目を一切果たせていなかった。
恰好から男の人を誘惑でもしたのかと思いきや、ごく普通に女性の事務員まで彼女を慕っている様子だった。
しかもツークのことを王女様だとは一ミリも思っていないらしく、かなりフランクに接していた。
「シェルアの時もそうだったけど、この世界って実は王女様って知名度低い?」
「そんなことないんだけどねぇ」
そう答えたのはシャグラだった。
シジマの手綱を握りながら歩くシャグラは、サトーの横に並ぶと先を歩くツークに視線を向ける。
「あれは彼女の素質だよ。権能でも魔術でもなく、純粋な人柄だけで他人から好かれる。昔からそういう素養が彼女にあったんだよねぇ。だからこそ『外交』を任されてるんだと思うよ」
「はぁ…………そりゃ凄いわ」
初対面の相手に対していきなりボディタッチをしてくるのだから、コミュニケーション能力はかなり高いのだろう。
いわゆる陽キャというやつかもしれない。
どことなくザハの顔がちらつくが、あれはただ胡散臭いだけだ。
少なくとも、人から好かれる風体ではない。
「でも兵士なら一度くらいは顔を見たことあるんじゃないッすか?オレは面倒で行ったことねェすけど、式典とかそこらへんで顔とか見る機会がねェんすか?」
ヴァンがそう尋ねると、シャグラはううん、と唸る。
「多分ないと思うというか、まさか一国のお姫様があんな姿で出歩いているとは思わない感じかなぁ。シェルアちゃんも大概だけど、あの人はちょっと規格外だからねぇ」
一歩間違えれば痴女かなにかに見えなくない恰好をしている彼女を、確かに王女様と繋げるのは無理があった。
なんなら今だって本物かどうか自信がない。
ただ。
(なんていうか、シェルアが楽しそうでなによりだな)
隣を歩くシェルアはどこか嬉しそうに笑みを浮かべ談笑している。
サトーにとっては、これ以上に重要なことはなかった。
「さて、と。ここまでくれば大丈夫かな」
しばらく開けた場所を進み、やがて少しだけ土地が下がった辺りで先頭のツークが足を止めた。
それを見てシャグラは手綱を離し荷車に向かう。
「ありがとうございます、お姉さま」
「いいのいいの!愛しい妹のためだから!」
ぎゅっと、堪えきれない大型犬のようにツークがシェルアに抱き着く。
それを見たプレサスが諫めるように咳ばらいをし、ツークは口尖らせながらを両手を上げ距離を取った。
「それで、どうしてツークお姉さまはこちらに?」
「ちょっとした仕事でね。まぁ大した用事じゃないんだけど、さっきの関所は何度も超えないといけなくて。だから私は顔パスで通れるってわけ」
「そういうことだったんですね」
感心した様子のシェルアに対し、ツークが微笑む。
「ここから一番近い街でも半日はかかっちゃうんだけど、よければ今晩だけ一緒に野営しない?話したい事もいっぱいあるし、どうかな?」
ふと後ろからザン!という音がして振り向くと、シャグラが手綱を結ぶ杭を打ち込んでいた。
どうやらここに来た時点で野営をするだろうと考えていたらしい。
空を見上げれば、既に日は半分くらい傾いていた。
時刻で言えば三時過ぎだろうか。
半日かかるとなれば着くのは深夜になる。
宿が何時まで借りられるか分からない上に、土地勘のない状態で野営をする場所を探すのは中々に大変だろうと考え、サトーはリーゼに目くばせをした。
「…………分かりました。こちらとしても、その提案は有難いです」
「やった!それじゃ荷物持ってくるね!」
言い終えるよりも早く、ツークはその場から離れてしまった。
一行が呆気に取られていると、プレサスが困った調子で口を開く。
「我々の野営地は少し先なのです。ここ数日はそちらを拠点にしていたため、荷物はそこに」
「え、それならこっちが移動しますよ?」
サトーがそう言うと、プレサスはやんわりと首を振って否定した。
きっと仕事の都合があるのだろうか。
どちらにしても、行ってはいけない理由があるらしい。
無理に拘泥する理由もないため、サトーは提案を取り下げようと口を開きかけた。
「よっと!持ってきたよー!」
それを遮るように。
笑みを浮かべ戻ってきたツークが背負ってたのは、彼女の背丈の何倍もの大きさのリュックサックだった。
見るからに必要なものだけを持ってきた装備ではない。
なんなら荷物を全部持ってきたかのような量である。
「…………念のためお尋ねしますが、向こうに荷物は残っておりますか?」
「うんにゃ、これで全部だけど?」
「…………」
「なんで?置きっぱなりは危なくない?」
一切の曇りのない笑みでツークがそう言い切る。
ふとプレサスを見ると、灰色の粘土板のような顔で固まった。
それを見たヴァンが明らかに気まずそうな表情を浮かべ、シェルアは大量の荷物を背負っているツークのことを感動している様子で眺めている。
どうしてそこまで感動しているのか分からないけど、確かに事情を一切知らなければそれなりに感動できたかもしれない。
知らなければ、だが。
「…………王女ってこういうもの、なのか?」
おおよそ脳裏にあったイメージ像が静かに崩れ落ちる音を聞きながら。
プレサスの目の前で楽しそうに荷ほどきをするツークの姿を、サトーは眺めるしかないのだった。




