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広がる光景は、草原ではなく荒野だった。
奥には緑の色すらなく、どこまでも赤茶色の地面が広がっている。
一面が緑に覆われているエルフィン王国とは違い、ガダル王国は乾燥した地域なのかもしれないと推測する。
「これが、国境…………?」
「そうだねぇ。見える建物が一応は関所みたいになってて、出入りする際に入られる側の兵士が身分を確認するのさ。互いにスパイが入り込まないようにするための仕組みだねぇ」
シャグラは自身の顎をさすりながら視線を関所に向ける。
関所は石造りの、いわゆる門に近しいものだった。
小さな山と山の間にあるため、他のルートを通るのは難しいように見える。
今いるのはその中の一角だが、どの山も独立しているため一度地面に降りる必要がある。
その斜面がかなり急なので登るのは相当に厳しそうだった。
(自然の要塞って感じだな…………攻め込むのとか互いに大変そうだ)
ここからだと詳しい仕組みは分からないものの、門の両端になにやら平屋のような建物が見える。
造りは簡素で、ところどころが欠けていたり、壊れているようにも見えた。
「あれが詰所って言って、関所で働く人があそこで暮らしてる。エルフィン王国側だと勤務は交代で、任期の間に一回は経験することになってるねぇ」
「てことは、シャグラもやったことがあるの?」
「オジサンが騎士団に入った頃はバチバチにやってたから、こんな関所は機能してなかったよ。その気になれば敵国の兵士を強引に拉致できちゃうから、どっちの国もここには兵士は置いてなかったなぁ」
確かシャグラは戦場で戦果を挙げ、団長補佐にまで昇ったと聞いている。
確かにそんな荒れていた時期に、こんなとこに人を割くのは危険かもしれない。
「ただ、今は緊張状態が続いているから、適当に誤魔化して通るのは結構厳しそうかなぁ。いくらガダルでもそこまで雑じゃないと思うし」
ガダル王国のイメージはそれほどないものの、軍事的な挑発行為を繰り返しているという時点であまり印象はよくなかった。
どちらかというと野蛮な印象が強い。
「で、どうすんすか実際?感じ的にかなりの兵がいますけど」
「…………そうだねぇ」
ヴァンが荷台の上から飛び降りそう尋ねてきた。
シャグラは何かを考え込んでいるようだが、なかなか返事が返ってこなかった。
多分相当に難問なのだろう。
サトーからすれば行先を変更するべきなのでは?と思わざるを得ない状況である。
「…………他に通れる場所はないんでしょうか?」
そう提案したシェルアに対し、シャグラは軽く首を横に振った。
「通れる場所は他にも二つくらい知ってるけど、どっちも関所があるからねぇ。強行突破はできなくないだろうけど、探知用の魔術があるから、どっちにしても向こうには伝わるからなぁ」
「そう、ですよね…………」
やはりそういった対策はきちんとされているらしい。
一瞬ここにシジマを置いていくことを提案しようかと思ったのだが、それを選ぶ可能性は低いだろう。
すぐ近くにいるシジマが怒るように鼻を鳴らしているが、流石に思考までは読まれていないだろう。多分。
五人はお互いに考え込んでしまい、誰一人として口を開くものはいなかった。
いつもならリーゼやシャグラが口を開くところのはずなのに、その気配すらしなかった。
だからこそなのか。
急接近していたその陰に、一行はまるで気づくことができなかった。
「やっほー!久しぶりだねーシェルアちゃん!」
「ひゃっ!?」
シェルアの悲鳴が聞こえたかと思うと、ガバリと音を立てて抱き着く人物がいた。
どこか灰色の混じったような赤い髪を、頭の上付近でまとめている女性だった。
銀縁の眼鏡をかけており、目を引くのは大きく露出している服装だった。
胸と腰と肩、それと足元しか布に覆われてないため、なんというか見るに堪えない姿をしている。
「んー?なんだかおっぱい大きくなった?成長期だねー」
「な、ななななな、何するんですかっ!」
シェルアにしては珍しく、一切の余裕のない必死の声だった。
逆に胸を揉みしだかれて平然としている人物の方が珍しいが、それにしてもあんな声が出せるんだなとどこかしみじみと感じる。
シェルアは慌ててその距離を取ると、突如現れたその人物の顔を見て声を失っていた。
それはまるで、生き別れた姉妹を見つけたかのような驚き方だった。
「よっ!久しぶり!元気にしてた?」
「ツーク、お姉さま…………?」
片手をあげ、フランクに挨拶をする女性、ツークはしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべていた。
それはまるで幼い子供が悪戯に成功させた時のような屈託のなさだった。
「主殿。最低限の礼節は弁えてください」
そう言って姿を現したのは燕尾服を着た老人だった。
白い髪と髭が特徴的で、頬の右側に一筋の切り傷がある。
サトーはその姿を見て絶句した。
自分も少しの間、燕尾服を着ていたから分かる。
(本物、だ…………!)
少なくとも、自分がかつてしていた姿は燕尾服らしきもの、もどき、コスプレの域を出ていなかったことを。
あれこそが正真正銘、本当の着こなしだ。
わなわなとしているサトーを他所に、プレサスは深々とお辞儀をする。
「初めまして。私はプレサスと申します。そしてこの方が」
「ツーク。そこのシェルアのお姉ちゃんなんだぜ」
ブイと、ピースサインを決める女性に対し、言葉を失う一行。
その中に、明確に理由が異なる存在がいることを、他の人は知る由もなかったのだった。




