2
サトー、シェルア、リーゼ、シャグラの四人はエルフの里へ書簡を届ける依頼を引き受け、そこで出会った少年ヴァンが仲間に加わった。
そうして五人になった一行は、荷車をひたすらに西へと進めていた。
行先は西の大国、ガダル国だ。
「問題があるだァ?」
荷車の縁に座っているヴァンが唖然とした表情でそう言った。
逆立った金色の髪に、今は薄いベストのような上着を着ている。
きちんと鍛えられた筋肉が隠れてしまっているが、本人としては洗濯する手間を省きたかっただけ、とのことでさほど拘りがないらしい。
問題がある、と提言したのはリーゼだ。
数日前まで寝込んでいた彼女だが、今では元通りの状態になっており、服装もまたメイド服に戻っている。
「はい。まず、シャグラ様を除いた私を含め三名は、エルフィン王国から追われている身です。そのため、国境を超えることができないのです」
さも当然かのように言っているが、そもそも提案したのはリーゼ本人だ。
事情を記憶していたサトーは、なにか算段があるのだとばかりに思っていたのだが、まさかのノープランらしい。
唖然とするサトーの横で。
「…………ん?」
ヴァンがピクリと、眉を動かし尋ねる。
「追われてるってどういうことッすか?」
そのまま不思議そうにサトーの方を向き、ちらりとシェルアの方を見て黙ってしまう。
(よく考えたらちゃんと説明してなかったな)
反省したところで状況が変わるわけでもない。
返答を待つヴァンを見て、サトーは意を決し口を開いた。
「えっと、実は…………」
なにより、こうなった要因であるシェルアの口から説明させるわけにもいかないだろう。
語る間、シャグラは一度も顔を出さず、リーゼもまた口を開かなかった。
(ツッコミがないなら平気、なんだよな?)
不安に駆られつつも、サトーは最後の一言を述べつつ顔色を窺う。
「まぁ、そんな感じ、なんだけど…………」
ヴァンはまるで鳩が豆鉄砲を食ったようにポカンとしていた。
無理もない。
なにせ目の前にいるのがエルフィン王国の王女だとは思わないはずだ。
名前を出しても誰も王女様か聞いてこない辺り、まさか本人だとは思わないらしい。
「ぶっちゃけていいッすか?」
ヴァンの問いに、サトーはうん、と返事をする。
「師匠はなんで空から落ちてきたんすか?」
「それは俺も知りたい」
なにせここまで一切の心当たりもないまま過ごしているし、なんなら記憶は戻る気配もない。
結構な修羅場、というか死線を乗り越えてきたはずなのに、そういった覚醒的イベントは一切来る気配すらしない。
「つーか、マジモンの王女様なんすか?」
「う、うん。一応そうなんです」
シェルアはどこか遠慮がちにそう答える。
もう少しだけ堂々としてもいいと思う。
だって本物だし。
「はー…………や、なんとなく位の高そうな人だとは思ってたッすけど、まさか王女様だとは思わなかったッすわ」
「説明したじゃん」
「普通嘘だと思いますよ。てっきり適当なこと言ってるのかと」
どうしてそうなるのかと問い詰めたくはなるが、確かにそう思っても仕方のない内容だろう。
ヴァンも驚いたのか、大きくのけぞって荷台の外に体を出していた。
しばらくその体勢で空でも見て落ち着いていたのか、勢いよく体を戻すとこう尋ねた。
「様ってつけた方がいいッすか?」
「ううん。それは大丈夫」
「なら、このままシェルアさんで」
シェルアとヴァンは互いに笑みを浮かべると、ヴァンはギロリとリーゼを睨みつける。
「言っとくけど、アンタに蹴られたこと忘れてねェからな?」
「足りない頭に求めるのは酷ですが、最初に蹴りを放ったのは貴方ですよ?」
「あれはシャグラさんが防いだからセーフだろ!」
「その理屈ならば、私の攻撃も無効では?」
「風まとったって痛ェんだわ!つーかいきなり襲ってくるかありえねェだろ!」
「繰り返しますが、貴方が言うことですか?」
激しく言い合う二人だが、別にこれが初めてではなかった。
ヴァンとリーゼは同行してからずっとこの調子なのだ。
どうにもこの二人は合わないらしく、事あるごとに喧嘩を繰り返していた。
既にエルフの里を出て五日が経過しているが、仲良くなる気配は一向にない。
因みに、ヴァンはリーゼにだけは口調を変えず、サトーのことを師匠呼びするのも変わっていなかった。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いてください」
「申し訳ありませんお嬢様。直ちに静かになります」
「いきなり態度変わりすぎだろ、アンタ」
「私はお嬢様のメイドですので」
すまし顔でそういうリーゼだが、なんというか、ヴァンとの口論は実にしょうもなく、年相応のものであるように感じる。
だからと言ってなんでもかんでも喧嘩する理由にはならないけど。
「それで、実際どうするんだい?」
幕から顔を出したシャグラがそう尋ねてきた。
気が付けば荷車は動きを止めており、ヴァンがひらりと荷車の屋根の上に登る。
「着いたのですか?」
「ついさっきだねぇ。国境はすぐそこ」
そう言われて、三人は荷車から降り、シャグラがいる方へと向かうのだった。




