ex.5
第4章は完結です。
第5章は3/18(金)21時に更新します。
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ガダル王国西部。
ダンジョン『螺旋楽園』
第194層、未登録区域。
どこまでも広がる鬱蒼とした木々に、じんわりとまとわりつくような暑さ。
おおよそ地上ではお目にかかれない数の生き物が、地下深くのこの空間に広がっていた。
「ったく、相変わらずここは最悪だな。鬱陶しいったらありゃしない」
手に持つ『虹の剣』で周囲の木々を刈り取りながら、作務衣姿の男、ザハは奥へと歩みを進めていた。
「しかし、あの男は相変わらずここにいるのか」
その後ろを歩く黒スーツ姿を纏ったメツバは、相変わらず涼しい表情を浮かべている。
時折携えている弓矢を放つも、それがどこでどうなったのかを確認することはなかった。
「さっき会った連中が言うには間違いないらしい。まぁ、あれを見間違うのは中々いないと思うけどな。オレなら一生忘れない自信がある」
「同感だ」
二人は他愛もない会話をしながら奥へと歩みを進めている。
一見すればそこは方向感覚なんてすぐに損ねてしまいそうな空間である。
ジャングルを連想する草花の数のせいか、どこまでいっても大きく景色が変わることはなく、太陽が月といった時間を示すものも存在しない。
それでも、ザハとメツバは一週間もかからずこの階層まで降りることができていた。
ここはこのダンジョンにおける最深到達階層。
並みの冒険者が生涯かけても足を踏み入れることすらできない秘境に、彼らはいる。
「それにしても、相変わらず便利だな貴様の権能は」
それからしばらく歩いていると、ふとメツバがそう言った。
ザハは振り返ることなく周囲の障害物を排除しながらそれに応じる。
「そんなでもないけどな。『鑑定』の権能って言っても人に視た結果を伝えられねぇし、ニュアンスもあくまでオレの感覚に依存している。なにより、視れるだけで、特に強くなるわけではねぇからな」
『鑑定』の権能。
それがザハの持つ権能だった。
主な効果は視た物や人の価値、本質を見抜くというもので、対象の潜在的な価値を一瞬で見極めることができるというものだった。
欠点は視た結果を可視化することができない点。
例えばどれくらい危険か、もしくは安全か。
そういった情報を文字にすることも言葉にすることもできない。
あくまで本人の主観でのみ認識できるという権能だった。
「それでも、八傑の一人にまでなれたのだから、その有能性は証明されていると思うが?」
「そりゃこのS級遺物『虹の剣』のおかげだな。少なくとも、これがなかったA級すらなれるか危ういと思うぜ」
S級遺物『虹の剣』
使用者を選ばずほぼすべての魔術的効果を発揮し、使用者の魔術、および権能への耐性を大幅に上昇させるというもの。
また基本的な身体能力も向上されることから、使用者の戦闘能力を大幅に上げることができる。
「確か、偶然見つけたと聞いているが」
「そうそう。俺がまだガキの頃に運よく見つけたのさ。だからオレの実力じゃない」
この剣を見つけた経緯すらただの偶然で、当時冒険者見習いだったザハは、ダンジョン内での野営中に、用を足すために少し離れた際に偶然見つけた代物だった。
見習いということで一切の戦闘をすることもなく、ただの荷物運びだったザハがそれほどの遺物を見つけられたのは幸運というほかない。
「にしても、あんなとこにS級遺物があるとはなぁ。当時はあの階層ってそんなに調査が進んでたわけじゃなかったってのもあるだろうけど」
その当時の事を思い出すかのように、しみじみとザハは呟く。
買い被り過ぎだと、メツバは推察した。
運がいい。
その言葉は一見すれば平等に映るだろう。
誰にでも機会があり、タイミングさえ合えばどんな人間でも手にすることができるものだと。
だが、運はそれを掴むことを知っている者にしか掴めない。
もっというなら、掴もうと手を伸ばしたことのある者にしか、掴めるか否かの判断が付かない。
それがチャンスなのか、もしくはただの日常の一部で終わるか。
多くの人はそれすら区別がつかない。
彼はそれを逃さないだけの準備をしていた。
だから掴めた。
それだけの話だ。
ぴたりと、ザハとメツバの足が同時に止まった。
「…………気づかれたか?」
「みたいだな」
木々を掻き分け、奥から顔を出したのは人の背丈の数倍はあろうかと言うほどの大きさのムカデの顔だった。
赤褐色の胴体に、金色の節、口元から超高温の毒液が滴り落ちている。
「この階層の主だろうが」
「まぁ、相手が悪い」
但し、その後に続いているはずの胴体はなく、その顔は力なくその場に落下し塵と消えた。
「…………」
そしてその直後、のっそりとした動きで姿を現した人物がいた。
白の道着を身にまとっているが、その殆どが破けており、実質下半身しか身に着けていない状態だった。
ボサボサに伸びきった黒い髪は見るからに手入れを怠っており、極限まで鍛えられた筋肉とはあまりにも対照的だった。
背丈はザハとメツバの中間くらいだろうか。
やや猫背の姿勢は一見すれば武術の構えのように見える。
しかし、おもむろに顔を上げると数刻置くと。
「あれ?ザハとメツバだ」
そのあまりに緊張感のない言い方に、流石の二人も肩を落としていた。
「相も変わらずだな、アンタは」
ザハにそう言われても、当の本人はまるで理解できていない様子だった。
まだどうして二人がここにいるのか理解できていない様子で首をかしげている。
「お久しぶりです。スラウスさん」
スラウス、と言われた男性は、困った様子で二人を見つめると。
「あれ?二人って『白日の虎』に移籍したんだっけ?」
『白日の虎』とは、ガダル王国最大のギルドにして、ここ『螺旋楽園』を管理しているギルドである。
スラウスはそこに所属するチーム『シヴァ』のリーダーにして、ザハらと同じ八傑の一人。
世界最強の男と言われており、理論上は聖人とも真っ向から戦えるほどの強さを有することから『阿修羅』という異名を持っている。
そんな背景とはかけ離れた、温和そうなこの男に二人は用事があったのだが。
「いやいや、流石にそれはねぇよ」
「それなら、もしかして戦いに?」
「いや、それもねぇから。つーかアンタと戦うなんてことしたくねぇし」
「あぁそうだ、ちょうど近くに沢があるから案内するよ。ここまでくるの大変だったでしょ」
「頼むから話を聞いてくれ」
全く会話が嚙み合わないこの二人だが、どちらかと言えば関係はいい方であった。
だからこそ、ザハは二番目に彼に会おうと考え、ここまでやってきたのだ。
「八傑絡みでお話が」
「ん?八傑?」
メツバの言葉にスラウスが反応した。
どういう理屈か知らないが、スラウスはメツバとだけはちゃんとした会話ができるのだった。
ザハからすれば随分釈然としないことではあるのだが、それでも憎めないのが彼のいい所でもあるとザハは考えている。
「ひとまず、どこか安全な場所に移動したいのですが」
「それなら、近くの沢に行こう。あそこなら安全だよ」
「どんだけ沢見せたいんだよ…………金塊でも埋まってるのか?」
呆れた様子でザハが突っ込むが、スラウスからの反応はない。
そのまま歩き始めてしまった彼の背中を見て、二人は顔見合わせ嘆息した。
そして、メツバが尋ねた。
「ところで、どれくらい離れてるか知ってるのか?」
「…………あ」
その後、二人が沢に辿り着くまで三日かかったのは、また別のお話である。




