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荒野。
枯れた草とひび割れた地面しかない、乾いた大地だ。
吹き抜ける風は土埃を纏い、遠くの景色を僅かにぼやけさせる。
時刻は夜。
周囲に生き物の気配はなく、唯一彼らの焚火だけが光を放つ存在であった。
「それで、本当に行かれるのですか?」
影は二つ。
片方は燕尾服を身にまとった老人だった。
白髪の髪と髭は豊かに蓄えられ、右の頬についた一文字の傷が炎に照らされている。
「まーねー。なんだってあの人からのお願いなんて滅多にないからねー」
もう片方は灰みを帯びた赤い髪を、アップサイドでまとめた女性だった。
銀縁の眼鏡をかけ、丈の短い長袖のジャンパーに、大きく太股を露出させたデニムパンツ。
背は高く、際どい衣装を身にまとっていることでそのスタイルの良さが際立っていた。
「このようなことを言うべきではありませんが、あの御方の考えに未だ及びませぬ。一体、何をお考えになられているのか…………」
老人は焚火でお湯を沸かすと、小さな容器からコーヒー豆を取り出し、専用の器具で煎り始めた。
硬く、よく響く音がしばらくした後で、粉末になった豆をフィルターに移し替える。
「そりゃ、あの人あぁ見えて、すっごい変だからねー。私だって時々、何考えてるのかなーって思うことあるし」
「…………左様にございますか」
女性は木の枝で焚火を弄りながら笑みを浮かべた。
得も言えぬ表情を浮かべた老人は、沸かしたお湯をコーヒーの粉末が入ったフィルターに注いでいく。
少しすると落ち着くいい香りが漂い始めた。
「プレサスだって、彼と会うのは久々でしょ?ちょっとは楽しみなんじゃないの?」
淹れ終えたコーヒーを受け取り、息を吹きかけて熱を冷ます。
なかなか飲めないまま、熱々のコーヒーと格闘する彼女を眺めながら、プレサスは空を見上げた。
「無論、楽しみでもありますが、やはり後ろめたさの方が強いかと」
「なんで?」
「あの時彼を引き留めていなければ、彼女は死んでいなかったかもしれません故」
そう語るプレサスの口調はどこか重たげであった。
それは足枷のように、どこまでもどこまでもくっついてくるような、そんな気怠さを含んでいた。
「真面目だなー、プレサスは」
「そうでしょうか?」
「だって、そんなこと言ったらキリないじゃん。大体、未来なんてどうなるか分からないのが普通なんでしょ」
彼女は気にすることなくそう言い切ると、ようやく飲める温度になったのか、喉を鳴らしながら一気に飲み干した。
「……一応お伝えしますが、コーヒーはもっと味わって飲むものかと」
「えー?この熱いのが喉を抜けるのがいいんじゃんかー。分かってないなぁプレサスは」
間違いなく自分が一般論だと、プレサスは言いかけたところでため息を吐いた。
彼女は特殊だ。
辛うじて人間の形で生まれてきたからいいものの、常人に理解できる存在ではない。
(おそらくあの御方も、ツーク様には変だと言われたくはないでしょうな…………)
「ほら、プレサスもやってみなって。意外と楽しいよ、これ」
「楽しい、ですか?」
「うん。この喉を駆け抜ける疾走感とか、ガツンと腹の中に響く感じとか」
「…………改めてお伝えしますが、コーヒーは風味を楽しむものであって、高温の液体を体内に流しむ感覚を楽しむものではないのですが」
「えー、それやってないから言えるんだよ。ほら、やってみなって」
「遠慮いたします」
夜は更ける。
どこまでも広がる無数の星々は、焚火の灯りに劣らぬほどの輝きを放っているのだった。




