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「…………」
傷は寝たら全部治った。
昔からこれだけが他人に自慢できることだった。
どういう理屈か知らないが、大抵の傷は一日あれば完治するのだ。
治癒の権能なのかと爺さんに疑われたこともあったが、しばらくしてきちんと風の権能が発現してその可能性は否定された。
「…………はぁーあ」
ヴァンは部屋にあるソファに寝転がりながら、ぼんやりと天井を見上げていた。
光を放つ小さな魔器が紐につるされているだけの、なんとも味気ない天井だ。
木目を視線でなぞりながら、他愛もない内容を連想し続けていた。
要するに彼は暇だった。
するべきことも、やるべきこともあるのに、それを行動に移すことができなかった。
どこか気怠くて、でも体調は万全。
まるで夏バテのような窮屈さが体に染みついている。
気が付けば、また一日が終わろうとしていた。
そのことに気づきつつも、それでも何かをしようとも思えなかった。
「どうすッかな…………」
そう呟いてソファの背もたれの方に寝返りを打つ。
なんとも味気ない、ただの布だ。
昔はもう少し明るい緑色だったが、一度も交換してないためかなり色が褪せていた。
触り心地がいいのと、買いにいくのが面倒でずっと使っているが、そろそろ変え時なのかもしれない。
「どーすっかなァ…………」
再度、そう呟く。
返してくれる相手はいない。
他人がいる空間。
たった一夜の間だったが、それはどこか懐かしく思えた。
どこからか音がして、時折会話が聞こえてくる。
うるさくて、寝るのに邪魔でしかないはずなのに、それはどうしてか不快ではなかった。
「あの部屋、狭かったなァ」
背中が渇く。
窓はなく、建物の造りはツリーハウスに近い。
気候は常に同じで、気にすることがない故の造りだった。
爺さん曰く「ドアから出るのが面倒」らしく、だからといって常に窓から出入りするのはどうかと思う。
おかげでオレも同じ癖がついてしまった。
「ぐえっ」
ごろりと寝返りを打ち、勢い余って床に落ちてしまった。
その衝撃で積んであった戦利品が崩れおちる音が聞こえ、ガタンと家具が揺れる。
どれもろくに使っていないから、中に何が入っているのかよく知らない。
爺さんがいなくなってから、一度だけ中を確認したけど、大したものは入ってなかったはずだ。
「捨てっかなァ…………」
ふと、横に目を向けると、何かが落ちているのが見えた。
(…………白い、紙?)
四つに折られたそれは、どうやら棚の隙間に挟まっていたらしく、今の衝撃で落ちてきたらしい。
(爺さんの道具を整理した時には見なかったよなァ…………)
自分の煩雑さを恨みながらも、それを手に取り開く。
見た瞬間、息を呑んだ。
爺さんの字だ。
やたら達筆で、和那の国に伝わる伝統的なペンで書かれたそれは、読めば大した分量ではなかった。
そこまで文字を書くのが得意だったとは思わないから、これでも相当頑張ったのだろうけど。
「…………」
全部を読み終えて、ヴァンはそっと元の形に折りたたんだ。
棚の引き戸を引いて、少ししてから何もせず閉じた。
クシャリ、と紙がよれる。
ヴァンは目をつぶり息を吸うと、ゆっくりと顔を上げた。
日暮れ。
茜色に染まる顔は、真っすぐに何かを見据えていた。




