25
その少女は、とある一室で横になっていた。
「…………」
ぼんやりと明るい光は木の年輪を温かく照らし、ふかふかのベットは腰かけているだけでリラックスできるものだった。
部屋はそれほど広くないものの、その狭さが逆に心地よかった。
少女は寝間着だった。
いつ着替えたのかまるで記憶にないものの、私服姿でベットに入るのは抵抗があったのでほっとしていた。
きっと彼女が気を使ってくれたのだろう。
そう思っていると、奥から木が軋む音が聞こえた。
「たっだいまーっと…………」
囁くような、遠慮がちの声。
それが足元から、僅かに聞こえてきた。
きっと寝ている人を気遣って、わざと声を小さくしたのだろう。
らしいなと少女は思うと、ひょこりと顔を出した相手をこう呼んだ。
「おかえり、サトー」
「おう、元気そうだなシェルア」
サトーは少しだけしゃがみながら部屋に入ると、近くに腰かけた。
服のあちこちが僅かに汚れており、ほんのりと汗の匂いがした。
「っと、流石に臭いか。ちょっと待ってろ」
止める間もなくサトーが部屋を出て行ってしまう。
(…………気にすることなんてないのに)
彼の気遣いにそう思いつつも、自分も着替えたほうがいいかもしれないと腰を上げ、すとんと座った。
そんなことをしようとしたら、確実に彼女に怒られるだろう。
「お待たせ。で、どうだ調子は?」
「もう平気。ご心配おかけしました」
座ったままぺこりとお辞儀をすると、サトーはそうか、とだけ言って笑った。
エルフの里に来て今日で五日目。
二日目に魔獣の襲撃があったらしく、里は今修復作業に追われているらしい。
自分たちの中で唯一元気なサトーは、連日その手伝いに行っているらしく、昨日あたりから仕事を頼まれるようになったらしい。
戻ってくる時間が遅くなっているのは、きっと里の人たちに頼られているからだろう。
「それで、里の様子はどう?」
「結構戻ってきてるって。なんか色々あるから、応急処置だけで済ますとこもあるから、作業自体はそんなにかからないらしい。怪我人がいるってのもあるだろうけど」
「そっか。それならよかった」
シェルアはほっと胸を撫でおろした。
理由は、一つだ。
シェルアはエルフお里に来て、ただ寝ているだけなのだ。
話を聞くとかなりの魔獣と轟音がしていたらしいのに、目が覚めたのは事が終わった次の日。
しかもそこから、安静にするようにサトーから強く言い伝えられ。
快調した今も、ただただ寝ている。
(せっかくエルフの里に来たんだから、色々と見たかったんだけどなぁ)
ナマク村で多少は役に立てたかもしれないが、今回の件は完全に蚊帳の外である。
そのため、僅かにだが後ろめたさもあったのだ。
「それと、他の人はどう?」
「ヴァンって奴は昨日にはもういなかった。多分帰ったんだと思う」
どうやら例の引き取ってほしい少年はヴァンというらしく、今回の騒動で誰かと戦ったらしい。
見つけた際は全身に痣やらやけどの後だらけで、一人で寝かせるわけにもいかないのでこの家に連れて帰ってきたそうだ。
看病はサトーがしていたらしいが、その日のうちに目が覚めたらしく怒鳴られているのが聞こえてきた。
「で、シャグラは筋肉痛と腰痛でダウン。さっき歩いてるの見たからそろそろ大丈夫だと思うけど、まだ痛むみたい」
シャグラさんもまた誰かと戦っていたらしく、相当に無茶をしたのかピクリとも動けなくなっていたらしい。
里の医者の話だと「特に問題ない」と言われてほっとしたものの、時折聞こえてくる悲鳴は随分痛々しいものだったので不安ではあった。
「そんでリーゼは、まぁ、あれだ。まだ意識が戻らないらしい」
「そっか…………」
今回の一番の重症者はリーゼだった。
リーゼもまた誰かと戦っていたとシャグラから聞かされていたのだが、かなり苦戦したのだろう。
里の外の一角が怪獣が暴れたかのような有様らしく、リーゼはそこで戦っていたらしい。
容態は、全身の筋肉が断裂し、熱が下がらない状態。
意識も戻らないことから、予断を許さないらしい。
見舞いにいったができることがなく、またシェルアも病み上がりということで安静するよう言われたのだ。
サトーはこの中では最も軽傷で、一度も権能を使わなかったらしい。
お年寄りのような動きで部屋に来たシャグラ曰く「今回の功労者はサトーだよ」と話していた。
聞けば里の人を奮い立たせて一緒に戦ったらしい。
一緒に戦いたかったと心の底から思った。
「大丈夫。だってリーゼだもん。絶対元気になる」
そう言って笑うサトーの頬には一筋の傷跡があった。
彼の権能は致命傷しか即時に治癒しない。
だからこういった小さな怪我は自然に治るのを待つしかないのだ。
そういった傷があちこちにあるらしく、なかなかにグロテスクだよ、と以前話していた。
「そうだね。うん、きっとリーゼなら大丈夫だと思う」
リーゼのことはシェルアが誰よりも信頼していた。
だから、彼女が倒れている姿を見て酷く動揺したし、必ず元気になるとも思っている。
だからこそ、今私にできることは一刻も早く元気になることだった。
「明日から私も手伝うよ。いつまでも寝ているわけにもいかないし」
「いやいや、流石にもうちょい寝てたほうがいいって。疲れってのはそう簡単に抜けないから」
「そうは言っても私もう元気だよ?それに、寝てるだけじゃ体力が落ちちゃうし」
「そりゃそうだろうけど…………」
「大丈夫、無理はしないから」
その無理をした結果熱を出して寝ていたわけで、サトーからすればあまり同意しかねる内容だった。
なにより、リーゼが目を覚まして、シェルアが働いているのを見たら確実に怒られる。
どつかれたわき腹がズキリと痛み、思わずサトーは顔を顰めた。
「…………フフフ」
「?どうかしたか?」
「いいえ。なんでもありません」
そう答えたシェルアは堪えることができず、笑みを溢してしまう。。
それを見て、サトーもまたつられて笑みを浮かべた。
お互いが反響するかのように笑いあい、二人はしばらくの間笑みを交わした。
その外、ドアによりかかるリーゼは、ほんの僅かに口角を上げると、その場を去るのだった。




