12
サトーが近くの村を訪れた日の夜。
「ごちそうさまでした」
サトーは静かに手を合わせ、そう呟いた。
こういった作法は特にないらしく、最初自然にやった際「なんですかそれ?」と大変冷たい目で見られた。
しかしそれ以降何も言ってこなかったため、多分そういう習性があるということだけ伝わったのだろう。
食事を終え、先に自分の分を洗っているリーゼに食器を渡す。
皿洗いは基本リーゼの役目だ。
どういう理由があるのかは不明だが、リーゼは一言も文句を言わず食器を受け取る。
と、これで一日が終了になる。
起きていても特にすることがないため、あとは風呂に入って寝るだけなのだが。
「さて、この後お時間よろしいですか?」
洗い終えた皿を乾燥させるための場所に収めると、ふとそんな風に尋ねてきた。
「え、あ、まぁ」
いきなりのことなので、気の抜けた返事をしてしまう。
リーゼはため息をつくと、台所の下の棚からいくつかの物を取り出した。
「では、まずはこれから」
「なんすか、これ?」
受け取って、気が付いた。
手に持っているこれは、刃物だ。
茶色の鞘に納められており、大きさは腕くらいある。
持つ部分はちょうど掌で握るのにふさわしく、革製の布で巻かれていた。
「護身用です。何もないとは思いますが、持っていて損はないと思いますので」
次に、リーゼは手に持っていた布をテーブルに広げる。
「これって、地図?」
「記憶のない以上、最低限の知識を教えておこうと」
「でも、なんで急にこんなことを?」
あまりに話が急なので、そう尋ねる。
当たり前のように刃物を渡し、更に物事を教えようとしていること自体、リーゼの性格や最初のやり取りからでは考えられないことだ。
「最初、私はあなたを他国のスパイだと思いました。なのでまずは三日間、あなたを監視しました。その際、特に不審な点は見受けられず、当たり前のように出された食事を食べた。ひとまず急を迫る任務ではないことを把握。そして次に、あなたを一人にした。ですが、ここでもまた特に怪しい動きをせず、更にあなたは『魔器』の扱いがまるでできていなかった。これだけで既に殆ど、疑いの可能性はないと考えました」
マキ?という全く聞き覚えのない単語が出てきたが、それ以外は特にそうだったのかもなと思った。
なにせ怪しさでは満点の存在、しかもお姫様のお屋敷となればそういった事態を想定するのは当然のことだ。
「そして、今日。あなたを外に出した。当然あなたを尾けましたが、それといって特に怪しい動きは見られなかった。村の人たちも危険性はないと思う、と聞かされ、ここで完全に白だろう、と結論を出したわけです」
「今さらっと言ったけど尾けた?尾行されてたの俺?」
「やはり気づいていなかったようですね。まさかあれだけの荷物のためにあなたを使うと思いますか?」
「ま、まぁ、そりゃ確かに」
渡された袋、中身を確認はしなかったが確かに軽いなとは思った。
少なくとも不足分の補充用だとしても、わざわざ自分を使う必要性は特に感じなかったのは事実だ。
「ひとまず、あなたに危険性はない。であれば、最低限の知識をあなたに授けるのはメイドとしての役目、ということです」
「はぁ、なるほど…………」
メイドの仕事に他人への教育が含まれているのか知らないが、ここまでの経緯は納得がいったので、そう返事をする。
「さて、それではまずはこの国についてからお話しましょう」
そういうと、リーゼは地図の右下を指さした。
「我が国の名前はエルフィン王国。国土のほとんどが平地であることから、森林と平野で大体を占めています。国の主要の産業は農業と交易、主に生産した農作物を他国に輸出することを生業としています」
リーゼは更に右下に指を動かす。
「ここが現在地。あなたが昼間にいった村は、おおよそここら辺です」
指さされた箇所は完全にただの森だった。
縮尺の都合とかもあるかもしれないが、少しだけ見づらいなと感じる。
まぁ、文字が書かれていても全く読めないのだけれど。
「さて、ここからが少し難しくなります。質問は後で受け付けるので、今は聞いてください」
そう言われたので、俺は静かに頷いた。
「我が国は、かつて起きた四賽の襲撃の際、唯一国としての形を保てた国家です。それは主に国と契約を結んでいる『精霊』と、聖遺物を扱う『聖人』の存在が大きいです」
「ん?え?し…………なに?」
「続けます。各国からすれば、歴史ある国家と同時に、非常に脅威になる存在です。そのため、各国に対し、自身の国家は危害を加えない、という証明をするために二つの契約を結んでいます。一つは軍隊の放棄、もう一つは他国の王家の人間を我が国で生活させる、というものです。これにより我が国の貨物が他国に入荷することを可能にしてます」
「??????????????????????」
ここで完全に頭がパンクした。
とにかく、ここまでの話の情報量が多すぎる。
とりあえず、何かメモするものが欲しい。
できればボールペンとメモ用紙。
「ま、流石に話を詰め込め過ぎましたね。一旦質問を受け付けます。どうぞ」
「先生、全部分からないです」
間違いなく、人生で最もアホな顔をしている。
だって本当に分からないのだ。
知ったかぶりすらできないと、サトーはすんなりと理解を諦めるのだった。




