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シャグラは静かに剣を構えた。
迫りくる猛獣のごときソレは、途轍もない威力を誇る大砲。
狙いは甘く、精細さはない。
ただ、それを補ってあまりある火力を備えている。
それはリーゼの技ではない。
故に、そこに彼女の面影はない。
「ふー…………」
右の拳。
それは眼前にまで迫る刹那に、シャグラは息を吐いた。
極限状態。
誰であれ肩に力が入る状況下で、彼は全身の力を抜いた。
脱力された体は僅かな強張りを解き。
構えていた剣の歪みをも解いた。
(──────ここだ)
「ッッッッガッ!?」
気が付けば彼女は遥か遠くの、丘の側面に叩きつけられていた。
当たるはずだった拳は虚空を泳ぎ。
シャグラは変わらず、そこに立っていた。
「────、────────!」
震えながらも、彼女は立ち上がろうとした。
だが、ダメージは彼女の認識よりもずっと深刻だった。
立つどころか、体を起こすこともままならない。
地面につけた掌は何かに躓くように地面から外れ、力なく地面に伏せてしまう。
「…………お手数を、おかけ…………」
シャグラはゆっくりと距離を詰める間。
彼女は震える体で、何かを言いかけて意識を失う。
そして目の前に立つと、そっと彼女の首元に掌を添えた。
(…………うん。これなら平気かな)
人体が発する熱を優に超える温度だが、脈は少しずつ収まっていた。
全身を覆う青い痣も薄くなり始めており、今すぐに立ち上がる気配はない。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあ」
それを確認したシャグラは大きく息を吐いてその場に座り込んだ。
掌は何かに怯えているかのように震え、体を起こしている余裕すらないほどに疲弊していた。
「しんっっっっど」
シャグラがやったことは至ってシンプルだ。
放たれた彼女の拳を躱すのではなく、その剣先で優しく受け止めたのだ。
卵を割らずに受け止めるほどの繊細な動作で行ったそれは、恐らく彼女は認識できていなかっただろう。
きっと回避されたと勘違いしたに違いない。
そしてそのまま、背負い投げと同じ要領で剣で彼女を放り投げたのだ。
合気に近い技は、リーゼの出した勢いを一切殺さずに彼女へと返し。
行き場を失ったエネルギーを、彼女は自分自身で受けることになった。
その結果が、現実である。
(本来は砲弾を剣で捌くための技、らしいんだけど…………普通に考えたら爆発させずに砲弾を防げる時点で絶対に間違ってるよねぇ、これ)
余りあるエネルギーを吸収することも、まして受け身なども取ることができず。
彼女は地面を跳ね転がり、丘の側面に叩きつけられたのだ。
いくら彼女でも、あれだけの勢いで激突すれば無事では済まない。
命に別状はなくとも、しばらくは動くこともできないだろう。
「…………参ったなぁ。動ける気がしないや」
そしてそれは、シャグラも同様だった。
本来ならこの技は、魔術による身体強化を前提に編み出された技だ。
エルフィン王国の騎士は、その甲冑に基本的な魔術を仕込んでもらっている。
それがある前提の技を、生身で再現すればどうなるか。
当然だが、しわ寄せを自分で受けることになる。
(とはいえ、今回のこれは完全に僕たち個人の問題だ。エルフ側が訴えてきたら、情状酌量の余地はないねぇ…………)
こうなった以上、確実に例の件は起こってしまう。
それを止めるのは個人では無理だろうし、逃れる術も、きっとない。
暗澹たる思いが胸に広がる。できることなら避けたかった。
なぜなら、確実に誰かが犠牲になるのは目に見えているからだ。
「というか、彼女はどうやってこれを倒したんだか…………まぁ、なんとなく想像できるけど」
彼女のことだから、きっと昼夜問わずに戦い続けたのだろう。
そのうえで圧倒し、意思の疎通を図ったのだ。
討伐依頼が出るほどの危険生物にそんなことをするのは、なんともらしい話ではある。
「ま、それは置いといて。あっちはどうなったかなぁ」
あちこち痛む体を労わりながら、シャグラはエルフの森、ではなく別の方向を見た。
ずっとまとわりついていた気配が消えた。
その発端である場所から、明確な何かを感じていた。
それは戦場において最も重要だということを示している何かであり、騎士だったころの経験則だった
「さて、と。もうひと踏ん張りしようかなぁ」
助力するべきなのだろうが、はっきり言ってその余裕はない。
なにより、彼の本来のポテンシャルを踏まえれば、自分の助力など全く必要ないはずだ。
シャグラはリーゼを背負うと、ゆっくりとした歩調で歩き出す。
背負う重みを確かめるようであり、遊び疲れた子供を背負う父親のようでもあった。




