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その一部始終を感じていたヴァンは、唖然とその方向を見つめるしかなかった。
動くことで切り裂かれる風で分かる。
あれはもはや嵐だ。
自分があの場にいて、果たして何秒持つだろうか。
ザッ、と音がした。
見れば大柄の男が一歩前に踏み出した音だった。
それで今まさに対峙していることを思い出し、慌てて拳を構える。
「つまらん」
だからこそ、その言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
パチパチと瞬きを繰り返すヴァンを見て、大柄の男は大きくため息を吐いた。
「聞こえんのか。つまらんと言っている」
絶句した。
(…………コイツは、何を言ってんだ?)
今は戦いの最中だ。
その相手、すなわち敵に対して、つまらないと男は告げたのだ。
「…………?」
見れば明らかに敵意が失せていた。
いや、元より敵意など微塵も感じなかったそれが、明確に小さくなったと分かるほどの変貌ぶりだった。
男は腕を組みながら、目を見開いた。
「貴様。風の権能だろう。強力、エルフに見劣りしない。実に珍しいものだ」
赤く宝石のような瞳は、およそ生物の持つ部位の性質ではなかった。
「だが、練度が足りん。あまりに未熟、弱き者としか戦っていない証拠だ」
その言葉を看過するほど、彼はまだ大人ではなかった。
全身に風を纏うと、その背後を取り回し蹴りを放つ。
「なッ!?」
「…………」
その大柄の男は、敢えて掌で蹴りを受け止めると、紙きれのように足を掴んで投げ飛ばした。
攻撃、と呼ぶにはあまりに威力もなく、ヴァンは容易に着地することができた。
だが、それだけで理解してしまう。
この男、例の防御無しで自分より遥かに強いことを。
下手すれば爺さんよりも強いかもしれないことを。
「筋はいい。だが、それはあまりによくない」
足を掴んだ掌を確かめるように開閉すると、改めて腕を組みヴァンに問いかけてきた。
やろうと思えば追撃できたはずなのに、わざとしなかった。
何か理由があるのか、とヴァンは構えを解いた。
「……どういう意味だ、それは?」
訝しそうに睨むヴァンに対し、大柄の男は鼻を鳴らした。
「言葉通りの意味だ。この場に及んでもなお、それを辞めようとしない」
それ、と言われても心当たりがまるでなかった。
シャグラは何かと戦っているし、里の様子も落ち着いてきたらしい。
なんかやたら血の気が増しているのは気のせいだとしても、それが事態を好転させている。
さっきから魔獣の追加も止まっており、この調子なら死傷者を出すことなく収束するだろう。
あとは自分がこいつを──。
「それだ。貴様、この場に及んで全てを把握しようとしている。それでは貴様はそのままだ」
「はァ?」
訳が分からず、そのまま聞き返してしまう。
大柄の男は、先ほどまでの寡黙さを微塵も感じさせない調子で話し続ける。
「確かにそれは貴様の強みかもしれない。だが、そのせいで目の前の敵に集中できていない。戦っている中で、他のことまで考えているのは、複数の事柄を同時に作業しているのと同じだ」
「注意力が散漫だって言いてェのか?」
「左様。今の貴様では手に余る才能だ。弱き者と戦うのであればそれは役に立つだろう。だが、強者との戦いにおいて、それは邪魔でしかない。そんなことをしている余裕が、貴様に本当にあるのか?」
そう言われて、ヴァンははっと息を呑んだ。
シャグラにも同じことを言われた。
最初、攻撃と防御の配分が良くないのだと思っていた。
それは、ある意味では合っているのかもしれない。
だけど、それだけではなかった。
周囲の把握は、できるからしてきた。
それを苦とも、面倒とも思ったことはない。
それ故に盗賊の探知ができていたし、倒すこともできていた。
だけど、強者とのタイマンにおいて、それは余計だった。
周囲を把握することは重要でも、他人に気を使っている余裕なんてない。
それは強く、力のあるやつがやることだ。
はっきり言って、今の自分では力不足なのだ。
「…………確かに、アンタの言う通りだなァ」
だから、ヴァンは感覚を解いた。
全てを把握しておこうとするのを辞め、ただ目の前の相手にのみ全神経を集中させる。
シャグラとサトーなら、なんとかしてくれると信じることにした。
それを見た大柄の男は満足そうにうなずき、汲んでいた腕を解いた。
手には小さな槌が握られ、その瞳は炎のような無機質な光を湛えている。
「それでいい」
二人は、周囲を捨てた。
その他を捨てた。
己以外を、捨てた。
全身全霊を持って戦う。
そのためだけに命を注ぐために。
彼らは世界に、二人きりになるのだった。




