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一方のシャグラとサトーは。
「っらぁ!!」
「よっと」
軽快に魔獣を倒しているのとは裏腹に。
終始苦戦した様子で戦闘を進めていた。
(数はそんなことねぇけど、里の連中パニクりすぎだろ!散り散りに逃げるせいで、助けが間に合わねェ!)
魔獣の群れはナマク村で戦ったやつより弱かった。
これくらいの相手ならサトーだけでも一体ずつなら対処は余裕であったし、シャグラは言うまでもない調子だった。
問題は里の連中だった。
憔悴しているものが多く、何が起きているのかまるで理解できていない様子だった。
あちこちに逃げる人もいるため、魔獣が散乱してしまい、個別に助けるためにシャグラが動かざるを得ない。
いくら弱くても、数は圧倒的に魔獣のほうが多い。
一人奮闘しているサトーはどうにか近くにいる里の連中を守るので精いっぱい。
その奥で襲われている人を助けようとすれば、今まさに守っている人を見捨てることになる。
数字上の結果は同じでも、やはり現状維持を選んでしまう。
「とりあえず、これで全員かなぁ」
「まだ、数名はぐれたものがおりますが…………」
「そっちは無理。全員ってのは、僕たちだけで守れる人数のことね」
シャグラはそれほど離れていなかった連中を連れて、サトーの近くにまで戻ってきた。
サトーがどうにか魔獣の相手をしている様子を見ると、近くにいた長老に話しかける。
「これが僕たちの精いっぱい。だから死んじゃう人がいても諦めてね」
にっこりと笑うと、シャグラはサトーの加勢に向かおうとする。
その足を、里の一人が声を上げて止めた。
「おい!なんだその言い方は!助けに行かないのか!」
「いやだって、君たちあんなに毛嫌いしてたじゃん。なのに助けてなんて都合がよすぎない?」
「それは…………」
「それに、そもそもなんで部外者の俺に頼むわけ?風の権能なんて大層なものがあるんだから、助けに行ったらいいじゃん。あーそうか、それができたらやってるもんな。ごめんごめん、言わなくていいこと言っちゃったよ」
ヘラヘラと笑うシャグラに対し、里の人たちの怒りが膨らんでいく。
緊張感が高まる中、サトーはこう思った。
(…………下手か)
あまりに稚拙で、分かりやすい挑発だ。
挑発以前に、あの口調でキレる人間はいるとすら思える。
「ほらほら、悔しかったら助けに行ったら?いや、怖かったらいいんだよ。そこで大人しく座って、助けて―って言ってたらいいんじゃない?そしたら助かるかもしれないしねぇ」
「…………ってやる」
誰の声だろうか。
集まっていた里の人の一人がそう呟いた。
それを聞いて、ふとシャグラは笑みを浮かべていた。
「やってやるよ!魔獣の相手くらい俺たちだってできるんだ!」
「そ、そうだそうだ!やってやる!エルフは強いんだ!」
「私たちには風の権能がある!これさえあれば戦える!」
声は段々と大きくなり、しまいには一斉に走りだしてしまった。
その中には魔獣に攻撃されて怪我をしているものや、年老いたものも紛れていたが、皆一様に声を上げ、周囲の魔獣を手当たり次第に攻撃していく。
(…………まったく、調子いいよねぇ)
パニック下において、最も重要なのは落ち着くこと。
それは訓練しているか、もしくは生まれ持った素養で決まる。
極限状態であれば、正常な判断を下すのは難しくなり、集団全員を落ち着かせるのは非常に困難である。
それならどうするか。
答えは簡単だ。
敵を設定してやればいい。
どうしてこうなったのか。なんでこんな目に遭っているのか。
恐怖を怒りに変え、対象を調整する。
後は民意の流れるままに勝手に事が運ぶだろう。
それは時に悪意として暴威を振るうこともあるが、幸いなことに今回は相手が人ではなく、きちんと原因が存在している。
きっとそんなことにはならないだろう。
「いてっ!いてぇっての!おいシャグラ!なんで俺にまで攻撃させてんだよ!もっと方法あったろ!」
どうやら一斉に攻勢に出たせいでサトーは役目を奪われたらしい。
それどころか邪魔だと言わんばかりに突き飛ばされたり殴られたりされているらしく、やや涙目でシャグラの元へと帰ってきた。
「いやぁ、適当に言ってたらやる気出してくれたみたい。オジサンびっくりしたよ」
「よく言うぜ。誰が聞いても分かるだろ」
サトーでも分かるくらいの安直な挑発は、緊急時で冷静さを欠いた人間に伝えるため。
一見すれば子供っぽい発言も、思考が鈍くなった今なら効果は高い。
だから敢えて、シャグラは揶揄ったのだ。
子供の口喧嘩のような、馬鹿らしい言葉の数々を。
「ま、それは置いといて、本当にはぐれてる人がいるから探してきてくれる?魔獣はここに集まってるけど、それでも森を抜けてくる際に遭遇するかもしれないし」
「それはいいけど、シャグラは?まさかさぼるとかじゃないよな?」
「いやいや、オジサンは多忙なのさー。それじゃ、あとは任せたよー」
剣を背負うと、ひらひらと手を振ってその場から離れていく。
サトーはため息をつくも、盾を背負い直して走り出した。
その様子を横目で眺めていたシャグラは頬を緩めると、その足でとある場所へと赴いた。
「…………やっぱり、こうなってるか」
それは、あまりに異様な光景だった。
周囲の木々は大きくえぐれ、地面もまた隕石が落ちたかのように陥没している。
魔獣の姿はどこにもなく、遠くの方、木の隙間からこちらを眺めている魔獣が数体いた。
それはまるで、何かに怯えているようだった。
そしてその中心、抉れた地面の真ん中に、ソレはいた。
「意識があると助けるけど、そんなわけないよねぇ」
特徴的な銀色の髪。
全身に走る青いラインは血液のように躍動し、噴き出る蒸気は溢れたエネルギーのようであり、さながら滝のように空間に降り注いでいる。
身に着けたメイド服は真っ赤な血に染まり、その両目は深紅に充血していた。
もしこの場にサトーかシェルアがいれば、間違いなくトラウマになるだろうな、とシャグラは考えつつ、背負っていた剣を構えた。
そしてこうも思う。
あれをリーゼだと思えないだろうな、と。
「─────────ッッッ!!」
「さて、と。本気でやらないと死にそうだねぇ、これは」
変わり果てた姿の彼女は、さながら猛獣のような雄たけびを上げる。
その声で離れた位置の魔獣までもが逃げ出し、森全体が怯えるように騒めき出した。
向こうの戦況に影響が出ないことを願いつつも、それどころではないと自分に言い聞かせる。
最大の懸念事項。
最も避けないといけなかったそれが、牙を剥いて襲い掛かってくるのだから。




