17
「どっちでもいい、だ。アンタらについていくのも、そうじゃなくてもな」
部屋にあるソファに深く腰掛けたヴァンは、そう言うと話を続けた。
「はっきり言ってオレはこの里に思い入れはねェし、心底どうでもいいって思ってる。だから追い出してェって思われんのは、ぶっちゃけどうでもいい」
何かを思い出しているのか、目じりがほんの少しだけ細くなった。
「ただ、オレには爺さんがいてな。この家は爺さんが建てたモンなのさ。オレがいなくなったら、確実にこれは壊すことになる。それは正直、あまり嬉しくねェ」
その言葉はどこか寂しそうで、哀愁に満ちていた。
彼はこの里が嫌いで、でもこの家には思い出がある。
忘れたいし捨てたいはずの思い出なのに、どうしても忘れることができないのは。
「いい人、だったんだな」
「あァ。オレには勿体ねェくらいの、尊敬できる人だった」
切って離せない思い出は、一つ一つに意味があって。
慈しむほどに、大切なものだからだろう。
嫌いな里にいなければ、その人とは出会えず。
その人と出会わなければ、里で嫌われることもなかった。
だからこそ、彼はここに居続けるのだ。
雁字搦めになったそれを、そのまま愛でるために。
「…………自分らは、実は国のお尋ね者でさ。手配書も出回ってるんだ」
サトーはこの時、交渉も提案も諦めた。
この男を相手にするのに、隠し事をするのは違うと思ったのだ。
それは、彼に対してできる、唯一の誠意だった。
「一緒にいたシェルアって黒髪の女の子。あれ実はこの国のお姫様で、簡単に言えば監禁されてたんだよね。それを俺が無理言って一緒に旅してもらうことになって、生活を成り立たせるために冒険者になった」
話せば長くなるので、サトーはできるだけ簡潔に、それでいて全てを伝えた。
思いついたままに、時折説明を交えながらも、サトーはどうにか全ての事柄を伝える。
ヴァンは最初こそ何を言っているんだ、と言わんばかりの表情だったが、次第に真剣な眼差しに変わると、最後は困った様子で笑みに変わっていた。
「アンタ、結構無茶苦茶してんだな…………」
「それはまぁ、否定できない」
お姫様を攫って冒険者になった。
サトーはその意味で言った言葉だったが、ヴァンは違う捉え方をしていた。
『不死』の権能。
決して死なないからといって、自分の身を犠牲にして誰かを守ろうとできる人は殆どいないだろう。
強大な力を持つ里の連中や、ヴァン本人ですらやろうと思っていても、できるわけではない。
できるとやるは雲泥の差だ。
その差は本人の自覚している以上にある。
できない人間は一生かかってもできない。
それを彼はいとも容易くやってのけている。
一つ間違えたら手遅れになる局面を、彼は運と実力で生き延びてきたのだ。
『誰かのために力を振るえ』
爺さんの言葉だ。
確かにシャグラほどの実力者なら簡単にできるだろう。
だけど、この人物は違う。
オレより確実に弱いのに、それでも多くの人を守ってきた。
誰かのために力を振るってきたのだ。
「一つ、聞いてもいいか?」
「ん?どうかしたか?」
ヴァンの問いに、サトーがそう尋ねる。
純粋に興味が湧いた。
オレにできないことをこの男はできる。その訳が知りたかった。
「なんで、そこまでできんだ?自分を犠牲にして、誰かを守って。そこまでする理由はなんなんだ?」
サトーは腕を組み、ある一点を見つめる。
やがて緩く息を吐くと、こう答えた。
「他の方法が思いつかないから、かな」
彼は笑っていた。
まるで情けない話をするかのように。
自分のしていることの凄さを、まるで理解できていないように。
「多分もっと頭がよければ、もう少し賢いやり方もあるんだと思う。だけど、今の俺じゃこれ以外の方法が思いつかないんだ。自分を犠牲にしてるって言われても、正直その実感はないし」
それに、とサトーは続ける。
「シェルアもリーゼも、あとはまぁシャグラもか。全員、俺なんかとは比べ物にならないくらい凄いんだよ。そんな人と一緒にいたいし、この先も旅を続けたい。だから、そうだな。がっかりされたくないんだと思う」
それが、自己犠牲をしてまで欲しいものの答え。
爺さんが語った言葉を体現する人間の、今の回答だ。
「…………」
理解が及ばない。
どこをどう通れば、その答えに辿り着くのかまるで分からない。
(…………てェ)
だけど、こう思うのだ。
(知りてェ!きっと、いや確実に、この人の中に答えがある!)
それは直感に似た本能だった。
五感全てが、そうするべきだと訴えている。
初めての体験に、意図せずとも風が震えた。
だが。
「────ん?」
「どうかしたのか?」
その思いは察知した気配で遮断される。
迫る悪意は、影のように傍に忍び寄っているのだった。




