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村長に勧められ、近くにあった別のベンチに腰掛ける。
村の人々はみな一様にこちらを見ている。
だが、村長と話している姿を見たからか、先ほどより敵対心が薄まっているように感じた。
「で、あなたのお名前は?」
村長に聞かれ、自分の名前を教えてなかったことを思い出し、「佐藤です」と答えた。
「サトーか、ふむ…………聞いたことない名前じゃな…………」
そりゃどう考えてもこの世界と合っている名前ではないのだから、聞き覚えがないのは当然だ。
なにより、佐藤で心当たりがあるほうが正直困る。
「して、シェルア様は息災かな?」
「あ、はい。お元気かと思われます」
いきなりシェルアの名前が出てきて、ついそう答えてしまう。
村長はどこか悲しげにため息をつくと、遠くを見ながらこう言った。
「あの御方も、こんな辺鄙な場所に閉じ込められて可哀そうに…………いくら政治のためとはいえ、あまりに可哀そうじゃな…………」
「えっと、その、どういうことですか?」
この質問がよほどおかしかったのか、村長は大層驚いた様子でこちらを見る。
「そなた、まさかシェルア様のことを何も知らんのか!?あのお屋敷で使用人として働いていると聞いておったが…………」
「あ、いや、その、実は記憶喪失でして…………殆ど何も覚えていないんです…………」
そういって苦笑いを浮かべると、村長は納得したのか大きく息を吐いた。
「シェルア様のことを知らないとは、とんでもない無礼者か、世間知らずの阿呆かと思ったわ」
「ははは…………それで、どういうことなんですか?」
「どういうことも何も、酷い話なんだよ!」
背後から急に声がしたと思ったら、膨らんだ布の袋を手に持った若い男性が立っていた。
先ほどメモを受け取った人物らしく、話を続けた。
「シェルア様はこの国のお姫様なのに、末女だから役職も貰えなくてさ!しかも邪魔されないようにこんな森の中に隔離してんだぜ!信じられないだろ?」
「お、おおおおおおおおおおおお、お姫サマ!?」
思わずそう叫び、その拍子でベンチから転げ落ちた。
立っていた男性が荷物を降ろし、倒れこんだ自分を起こし上げてくれた。
頭を強く打ったが、幸いにもけがはなかった。
「え、待って、王女サマなの?シェルア様って?」
そう尋ねられた男性は不思議そうな表情を浮かべながらも、こう答える。
「そうだよ。なんだ知らないの?有名な話だよ、この国の六姉妹お姫様って」
「そうよ、一人一人がすっごく優秀で、それぞれで役職を分担してるとか…………」
「遠い国の王子様が毎日求婚しにくるとか」
「そうそう!なんでもファンクラブまであるらしいわよ」
気が付けば周囲に人だかりができていた。
どうやら転げ落ちたのを見て駆けつけてくれたらしい。
村長が名前と、記憶の件を伝えると、周囲の人間はすんなりと納得がいった。
そんな簡単に信じていいのだろうかと不安になる。
「シェルア様はとても優しい御人だから、きっとあなたみたいな人も見捨てなかったのだろうな」
「だからこそ、城から追放されたって。政ってこう、血も涙もない冷酷な人がやるイメージじゃん?それで合わないだろうからってここに」
子供に頭をワシワシされながら、周囲の人の話を聞く。
どうやら、自分は思ってたよりずっと、非常にマズい地点に落ちたらしい。
誰だか知らんが絶対に許さない絶対にだ。
「で、その話ってここだと割と有名なんですか?」
気が付けば話がかなり盛り上がっており、遮るようにそう尋ねた。
周囲の人たちは皆お互いの顔を見合わせると、肯定の意志を示した。
「ここら辺の人なら誰でも知ってる話さ。それに、シェルア様は非常に心優しいってこともね」
「そうそう!一度だけ、お屋敷からこちらにいらしたことがあって、その際お召し物を汚してしまってね?普通は弁償か処罰が下されるんだけど、あの御方は笑顔で『お怪我はありませんでしたか?』って言われたのよ」
「それ俺も見てたよ!ホント他の貴族とかと違って寛容で素敵な人だよな」
聞こえてきた話はどれも肯定的に、少なくとも自分が接してきたシェルアと大差がないように思えた。
それなのに、なんとも言えない違和感があるような気がしてならなかった。
表情に出ていたのか、村長が口を開いた。
「あなたがどういう縁であそこにいるかは知らないが、どうか彼女の味方でいてあげてください。それができるのはあなただけですから」
村長は自分に近づくと、そっと手を添え目を合わせた。
少なくとも冷やかしや、嘘をついているように思えず、それでいて勝手に秘密を知ってしまった罪悪感が、ほんのりと心の中に残っているのを感じたのだった。




