13
「…………ったくよォ、まさかあいつら既にここに来てるとは思いもしなかった。変に気ィ遣うんじゃなかったなァ」
悪態をつきながら、ヴァンは自分の家へと戻っていた。
足元に転がっていた王冠を蹴っ飛ばし、音を立ててソファに腰かけ天井を見上げる。
「あのおっさん、かなり強ェな…………」
言い争いをしていた相手はこの里でもそれなりに強く、風の操作はそれなりに上手い。
そいつが放った攻撃を、初見で難なくいなすのは並大抵のことではなかった。
剣を抜いた瞬間があの近さでも見えなかった。
そんな相手はこれまで一度も出会ったことがない。
どれくらいの実力差があるのか気になりはしたが、それに拘泥するほどの拘りもないのも事実だった。
「ま、あいつらほどじゃねェけどなァ」
数日前、里を訪れた二人組を思い出す。
見ただけで分かるほどの強者だった。
立っているだけで空気が違った。
あんなの、そこらへんにいる盗賊や騎士団の連中なんかとは比較できない。
下手すれば爺さんでも勝てるか分からないほどだ。
「…………」
戦うことは好きだ。
そこに嘘はない。
なのにどうしてか、強者を見ても心が躍らなかった。
爺さんと手合わせしている時はあれだけ楽しかったのに、今はあんな風に沸き立つこともないだろう。
ふと、ヴァンは顔を上げ、窓から顔を出した。
「お、やっぱりここかぁ」
笑みを浮かべ、ひらひらと手を振る男性の姿がそこにいた。
全身を覆う外套に、見るからに使い古された装備一式。
背中に背負った剣は特徴のないただのロングソードだが、持ち手の部分が変色するほどに使い込まれている。
ヴァンは男性を睨みつけると、窓からそのまま飛び降りた。
「…………で、何の用だ?」
「いやなに、ここに強いやつがいるって聞いてねぇ。部屋でじっとしているのも暇だし、ぜひとも手合わせしてほしいなぁってさ」
ヘラヘラと笑う男性は、そう言いながら背負っている剣を構えた。
(予想通り、ってトコだなァ…………)
肌がひりつく。
それだけの動作で、纏う空気が変わった。
「つーかよォ、オレが誰なのか聞かないんだな」
「ヴァン君でしょ?うちの隊長から聞いてるよ。あ、オジサンの名前はシャグラって言うんだ。どうぞよろしく──」
言い終えるよりも早く、ヴァンはシャグラに向けて右の膝蹴りを放った。
だがそれは剣の腹で受けとめられ、鈍い痛みと共に距離を取る。
「驚いたなぁ。君、なかなかに早いねぇ」
「ぬかせ。全く驚いてねェだろ、テメェ」
今ので分かった。
シャグラとかいうオッサンは、中段気味に構える基本に忠実な構えだった。
その状態で剣を寝かせて受けても、勢いを殺しきることはできない。
そう判断し、かつ後ろに下がらせないために飛び蹴りを選択した。
だが、シャグラは剣先を地面に、両手を上にあげて攻撃を防いだ。
それは即ち、剣の向きを入れ替える余裕があったということだ。
更にシャグラは体の向きを変えていた。
つまり不意をついたつもり動きに対し、きちんと対応できていたことになる。
(ったく、冗談じゃねェぜ)
その気になれば、踏み込んで自分を斬ることもできた。
そのうえで、敢えて攻撃を受けた、と。
それだけの余裕が彼にはあり、実力差を図り損ねていたことをこちらに伝えているのだ。
シャグラは構えを解き、再度初めの構えに戻る。
「さて、と。いつでもいいよ」
「舐めんじゃ、ねェ!!」
ヴァンは全身に風を纏うと、一息でシャグラの頭上に飛んだ。
そのまま周囲の風を束ねると、ハンマーのようにシャグラに向けて叩きつける。
一閃。
シャグラは横薙ぎの一撃を放ち、その塊を霧散させた。
(──────とった!)
攻撃を防がれるのは織り込み済み。
狙いはシャグラの背後を取ることだった。
放つのは右の正拳。
拳に風を集中させ、狙いを彼の胴体に定める。
間違いなく入る、彼の必中パターンだった。
だが。
「なッ!?」
シャグラは後ろを向くことなく、すっと一歩下がった。
それは彼の正拳が万全の力を発揮するにはあまりにも近い距離であり、まるで見えているかのような行為だった。
直後、シャグラの体勢が低く。
その体躯が、僅かに縮んだ。
「がハッ!?」
体当たり。
そういえば可愛いものだが、実際はまるで異なる。
体重が乗った一撃は、さながら岩の塊の如き硬さを誇る。
完璧な体重移動で成立した鋭い一撃を受け、ヴァンはピンポン玉のように吹き飛ばされた。
(あり、えねェだろ…………)
全身が軋むように痛む。
風を全身に纏って状態ならどんな攻撃だって防げた。
実際、シャグラの連れのメイドの一撃も防げたのだ。
それなのに、ただの体当たりでここまでダメージを負うなんてことはありえない。
「こんな武器を使うから、結構懐に入られるんだよねぇ」
シャグラはのんびりとした調子で剣先を地面につけた。
完全に構えを解いた状態。
隙でしかないそれを、ヴァンはただ見ているしかなかった。
「君の攻撃はどれも強力だけど、攻撃を仕掛ける際に、一瞬防御がおざなりになってる。多分そんなに強い相手と戦ったことがないんじゃないかなぁ?弱い相手なら、その程度でも圧倒できるだろうからねぇ」
明確な侮辱。
理解した直後、ヴァンの全身に力が戻っていた。
土を握りしめながら、再度周囲の風を集める。
「だから、舐めんじゃねぇって、言ってんだろうがァ!」
風を纏った状態での右足での飛び蹴り。
地面が抉れるほどの威力の攻撃を前にしても、シャグラは余裕の笑みを欠かさなかった。
剣先を上げ、最初と同じ中段の構えを取る。
そしてそのまま、ヴァンの一撃を難なく霧散させた。
「…………は?」
思わず、声を上げていた。
間違いなく決まるはずの攻撃、破壊力は十分だったはずだ。
それをこの男は、まるで子供の遊びのように受け流したのだ。
風という視認できない攻撃を、彼は完璧に捉えていた。
それは本来、初見ではまずできない芸当だった。
「──────いいのかい?」
「ッ!?」
気が付けば、ヴァンの首元に剣の切っ先が向けられていた。
ほんの数ミリ近づけるだけで、切っ先は喉に届く距離にある。
ヴァンは慌てて距離を取ると、シャグラは楽しそうに口を開いた。
「これで一本、かな?何本勝負か決めてなかったけどね」
「…………」
舐められている。
渾身の力を込めた一撃をあっさりと受けられ、更に手心を加えられたのだ。
そのうえで、こう提案しているのだ。
君が納得できるまで戦おうと。
それは強者が行う、弱者への指導そのものだった。
(…………ざけやって)
ヴァンはイラついていた。
それはシャグラに舐められたことでも、まるで歯が立たないことでもない。
(オレ程度の人間が、大したコトねェだと!?思い上がるのも大概にしやがれ!!)
相手の力量も正確に見極められない。
そんなことすら気づけていなかった、自分自身に対してだった。
「…………十本先取だ。入ったと見なしたら一本でいい」
ヴァンはそう答えると、構えを変えた。
いや、正確に言うならきちんと構えを取った。
それを見たシャグラが満足そうに笑みを浮かべる。
「よろしく、お願いします」
久しぶりに出たそれは、思ってたよりもずっとすんなりと口から出ていた。
それを聞いたシャグラは再度剣を構える。
ただしその圧は、先ほどの比ではなかった。
「うん。かかっておいで」
胸を借りる。
死んだ爺さんと毎日していたそれは、記憶よりもずっと楽しく。
一方的に力の差を見せつけられても尚、どこか心地よいものだった。




