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サトーを除いた三人は、一旦森の外で待機させているシジマの元へと戻っていた。
「とりあえず、彼と合流したいところですね」
「…………そう、ですね。まずは…………そこから」
そう返事をしたシェルアは心なしか元気がない様子だった。
顔がどことなく赤く、それでいて足元がおぼつかない。
それを見たリーゼがはっと息を呑むと、急いで彼女の体に魔術陣を展開した。
「多分、疲れが溜まってるんだろうねぇ」
シャグラの言う通り、彼女の体に毒や魔術の類の仕掛けは見当たらなかった。
ただ、想定以上に彼女は体力を消耗していた。
今までその兆候が全くなかったのが不思議なほどに疲弊している。
「私は…………大丈夫、です。それよりも、サトー、を…………」
「いえ。お嬢様は休息を。シャグラ様、サトーのことを頼めますか?」
それでも諦めきれないのか、シェルアはリーゼに食い下がっていた。
シャグラはその様子をしばらく眺めると、こう答えた。
「分かった。二人は気にしなくていい」
「ありがとうございます。それでは、お嬢様はこちらへ」
「でも、私、元気だから…………!」
「自覚がない状態ほど怖いものはありません。先にエルフの里へ行き、療養できる場所を頂けるか交渉してきます」
そう言うと、ひょいとシェルアを抱きかかえ、あっという間に森の中に消えていった。
シャグラ達のシジマを里の中に入れるために、今は結界を解いてもらっている。
彼女たちだけでも問題なく中に入れるだろう。
シャグラは地面に埋め込んでいた杭を引き抜き、シジマの頬を軽く撫でた。
「悪いね、こんなところで待たせちゃって」
シジマはなんてことない、と言わんばかりに鼻を鳴らすと、前足で地面を蹴り上げた。
「よし、それなら行こうか」
シャグラの歩みに合わせる形で、シジマも歩き出す。
エルフの森はエルフの管理下にあるため、彼らの意志に合わせて地形を一部変える事ができる。
あの異常なまでに起伏の激しい地形は自然的に発生したものだが、ほんの僅かに変える程度なら造作もないらしい。
魔術の適性のないシャグラからすれば、あまり理解できない事柄ではあった。
(昔から、魔術はまるでダメでねぇ…………訓練生時代はいつも落第点を取ってたっけなぁ)
以上の背景からエルフの里への依頼はどれも高ランクの冒険者、もしくは位の高い騎士が受けることになっている。
シャグラを指名してきたのも、彼が元騎士団の団長補佐だったから、という面が大きい。
「…………だとしても、少ーしだけおかしいんだけどねぇ」
シャグラの呟きに、シジマが顔を上げ反応する。
なんでもないと告げると、再度首元辺りを撫でた。
文書の内容は読んだ。確かにそれ相応の依頼だろう。
だけど、そもそもナマク村に委託している時点で既に妙な話だ。
自分があそこにいるという話を他の人にしたことはない。
なによりエルフの里の人間を引き取ってほしい、なんて前例は聞いたこともない。
第一、エルフとの交流なんていう重要な役目を、支部に委託するだろうか。
(本来なら知っておくべきだったんだろうけど、流石にブランクがありすぎるねぇ。持ってる知識が正しいのかすら信頼できないってのは、流石に問題かなぁ)
こういったゴタゴタも楽しめたら最高なのかもしれないが、それでも内容が内容だ。
はっきり言ってしまえば、あってほしくないというのが正直なところ。
特に長年の不摂生で鈍りきった今、対処したい事柄ではない。
「さて、と。どうしたもんかねぇ」
相も変わらずのんびりとした口調で、シャグラは里の中へと入る。
近くにあった木の幹にシジマの手綱を括りつけ、リーゼとシェルアの荷物を手に持つと、先ほど案内された老人の家へと戻った。
「これはこれは。先ほど来られたお二人でしたら、既に別の区画に案内させていただきました」
「そうですか。ご丁寧にありがとうございます」
対応してくれた老人は、そこまでの道を案内すると、何か急ぐ様子で扉を閉めた。
シャグラにとって、エルフの里は初めて来る場所ではない。
それでも、当時と今では、向けられる視線の温度があまりに違っていた。
(…………ま、言うまでもないよねぇ)
理由は間違いなく、シャグラだ。
ガダル王国への単騎での襲撃と虐殺は、きっと彼らも知っている。
そして誰が依頼を受けたのかは、恐らく聞かされているはずだ。
であれば、自分の事も、その来歴も知っているに違いない。
(『鬼人』なんて不名誉極まりない異名も、過去のことを見れば妥当だからねぇ…………受け入れるしかないとはいえ、これは流石に困るなぁ)
過去のことは割り切ると考えていても、それでも考えてしまうのが人間である。
あまり見慣れない木の釣り橋を渡り、巨大な樹の幹に沿うように作られた通路を歩きながら、シャグラはそんな不毛な思考を繰り返しているのだった。




