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そのころ、シェルアとリーゼはある場所で立ち止まっているシャグラの姿を見つけた。
「あ、シャグラさん!」
「どうかなさいましたか?」
二人がそう声をかけると、シャグラはどこか困った様子で頭を掻いた。
「いやねぇ…………結界の要を見つけるのって結構手間かかるから、先に行って済ませとこうって思ったんだけど」
そういってシャグラは目の前にあった木の幹に触れると
「手紙に記されてる位置にそれらしいものが見当たらなくてねぇ…………」
アハハ、と苦笑いを浮かべるシャグラはそこでサトーがいないことに気が付きこう尋ねる。
「ところ彼はどうしたの?まさか迷子?」
「その、まさかです」
「…………それは、ごめん。一緒に行動すべきだったねぇ」
「いえ、別にそんなことは…………」
「はい。今後は気を付けてください」
謝るのを止めようとしたシェルアをリーゼが遮った。
その、あまりにらしくない行為に、シェルアとシャグラは思わず目を見開くも、即座にその意図を汲んだシャグラは「分かった。気を付けるよ」と返した。
「さて、と。そうなると、一から探す必要がありますね」
リーゼはそういって周囲を見渡したものの、どこを見ても変わり映えのない森が広がっていた。
書簡を届けることを依頼した以上、排他的な里であれ結界の通り方を伝えるのが筋である。
誤った情報や、罠に嵌めるような行為はあまりに短絡的であると言わざるを得ない。
そんなことをしても双方にとって害しかないのは明確だった。
(誰かが解除した…………?手がかりもなしに…………?)
仮に敵襲を受けているなら、森に結界を維持する余裕があるとは思えない。
それに、そこまで切迫しているなら、既にその連絡を送っているはずだ。
だが、どちらの気配もまるでしないということは。
誰かが合法的に、結界を解除したとしか考えられない。
「なにか、事情があるのかな?」
シェルアがそう尋ねると、シャグラは考え込むように顎に触れる。
「誰かが先に解除したか、もしくは何かあったか。エルフの里の性質を考えるなら、ここにある時点で後者はありえないとすると」
「私たちよりも先に誰かが結界を解除して里に入った。そう考えるのが自然でしょう」
「だとすると、相当な腕の持ち主だねぇ」
エルフの里は排他的な性質が強く、手掛かりなしで結界を解除できること自体がとんでもないことだった。
例えるなら一度も形状を確認せずに、目隠しをして金庫のカギを開錠するほどの離れ業。
そんなことを、依頼を出してからここに来るまでの短期間で成し遂げた存在がいる。
誰だかは分からないものの、この状況下ではあまりに驚異だ。
「どうしますか?」
リーゼがそう尋ねると、シャグラは数秒考え、
「とりあえずは元居た位置に戻りつつ、彼を探そうか。依頼の件はナマク村に戻って確認してもいいしねぇ」
「分かりました。お嬢様も、それでよろしいですか?」
「うん。心配だし、見つけないとね」
彼の権能的に何一つ心配ではないリーゼだったが、心の底から心配しているシェルアの手前、あまりそうとは言えなかった。
それに、彼もそこまで馬鹿ではないだろう。
まさか安易に周辺を散策するはずもない、とリーゼは考えていた。
であれば最初の地点に戻っているはずだ。
もし戻れていなくても、それ相応の努力をしていれば探すのは容易になる。
三人は来た道を戻ろうとした、次の瞬間だった。
「────え?」
思わず声を上げたシェルアの目の前に、一筋の光が指していた。
淡く、蛍の光のような色を湛えるそれは、一切の歪みなく、真っすぐにとある方向に伸びている。
「どうやら、向こうも気が付いたみたいだねぇ。少なくとも、歓迎の意志はあるみたいだ」
シャグラはほっとした様子でそう呟くと、その光の方向へと歩き出す。
リーゼもまた、ため息を吐くとその後に続いた。
「あの、サトーは…………」
「大丈夫。自分たちに気付いたってことは、きっと彼の存在にも気づいているからねぇ」
シェルアはたまらずリーゼの方を見ると、小さく首を横に振った。
「エルフの森は彼らの管轄下です。この場にいるのであれば、間違いなく補足されてるかと」
「分かった」
これを無視して彼を探すべきではない。
彼のことに触れない二人はシェルアに暗にそう伝えているのだった。
その意図を汲み、かつ口にするべきではないと考えたシェルアは小さく同意した。
光はどこまで伸びるかのように続いていた。
木の根っこで荒れていた道はいつしか平たく、起伏の少ないものに変わっており、周囲の明るさも伸びる光に同調するかのように伸びていた。
「わぁ…………!」
「見事ですね」
開けた空間は、あまりにも幻想的だった。
並ぶ建物は円柱の物が多く、その屋根は円錐の形を取っていた。
煙突から伸びる煙はユラユラと空へと昇り、木々から生えるように建てられた建築物の間を木の吊り橋が伸びている。
人数は五十人ほどだろうか。
皆一様にこちらを見ており、つい先ほどまで遊んでいたのか、子供を諫める大人の姿が見えた。
特徴的な耳と鼻は、物語で見たことのあるエルフの特徴に一致していた。
「ようこそおいでくださいました」
そういって三人の目の前に現れたのは、シェルアよりも二回りも背の低い老人だった。
声には張りがあるものの、真っ白な髭と頭をすっぽりと覆っているローブのせいで皺くちゃの老人を連想してしまう。
「申し訳ございませんでした。少し前に先客がいらっしゃったことを失念しておりまして、結界の要の位置が変更されていたことを伝えそびれていた次第でございます」
「そうでしたか。わざわざのお出迎え、感謝します」
リーゼがぺこりとお辞儀をすると、その老人もまた少し曲がった腰をほんの少しだけ曲げた。
「立ち話もなんですので、どうぞこちらへ。ここまでの悪路でお疲れでしょうから」
「その、一つだけいいでしょうか?」
どこかの建物へと案内しようとしていた老人を、シェルアが呼び止めた。
「あの、実はもう一人仲間がいて。その人とは森ではぐれてしまって。彼はここにいるのでしょうか?」
それを聞いた老人は、どこか言いにくそうにしながらも、こう口を開いた。
「…………そのことで実はお話が。あまり人前では話せない内容なのです」
老人の言葉を聞いたシェルアは、ふと周囲の人に目を向ける。
警戒。
その一言に尽きる目だった。
それは生まれて初めて、彼女が経験するものだった。
「行きましょう、お嬢様」
思わずたじろぐ背中をリーゼがそっと触れる。
そしてシャグラが二人の前をゆっくりと歩き出した。
「誰でも同じ。気にしない気にしない」
飄々と言い残したシャグラの背中を見て、シェルアもその後を追うのだった。




