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「崩れた地面に、何かが落ちた痕跡。恐らく足を滑らせ、沢に落ちたのかと思いますが…………」
「いない、ね」
シェルアとリーゼは遅れながらもシャグラを追いかけていたが、そこでふとサトーがいないことに気が付き、慌てて踵を返したのだ。
このことでシャグラともはぐれてしまったが、結界を解除した後、一度シジマの元へと戻る必要がある。
この森の性質上を知っていれば外に出るのはかなり容易いため、迷う不安はそこまではない。
問題は、そのことをサトーに伝えていないことだ。
「どう、しようか……?」
「ここはエルフの森です。無闇に探すのは得策ではないでしょう」
別名『惑いの森』
エルフの森は、異常生育した樹木から発せられる魔力によって、あらゆる生物の方向感覚を奪う効果を持っている。
エルフはそこに手を加え、自らの里を目指すものを自然と遠ざける結界を施しているのだ。
そのため、仮に森に迷い込んだとしても、里を目指すと強く念じれば脱出することができる。
逆に言えば、行きたいと思うほどに辿り着くのは極めて困難になるのだ。
(そのため、出入りには目印を用意し、その配置を予め伝えておくことになってるのですが…………)
問題があるとすれば、この森がかなり立体的な地形をしていることにある。
その気になれば人一人くらい簡単に隠せるだけの空間がそこらへんにあるため、それら全てを確認するのは事実上不可能に近い。
もし見つけ損ねれば、二次遭難の危険すらある。
「追跡の魔術なら使えると思いますが、この森で無闇に魔術を使用するわけにもいきませんし」
追跡の魔術は適当な布に魔術陣を描き、その人物を想像して手放すことで、その人の元へと導いてくれる術式である。
それほど難しいものではなく、精度を気にしなければ割と誰でも使うことができる代物である。
ただ、ここはエルフの森で、こちらの行動は向こうから監視されていると言っていい。
直接視認しているとは思えないが、魔術を行使する気配であれば容易に探知できるだろう。
仮にそれを里に害なす行為であるとみなされれば。
最悪結界を張り直され、二度と辿り着かないなんてこともありえる。
そこまで考えた二人は、ほぼ同時に同じ結論を出した。
「一度、シャグラさんの元に戻りましょう」
「そうですね。結界を解除してから、改めて探したほうがよさそうです」
先行したシャグラが率先して結界の解除を行っているはずだ。
であれば、無闇に探すより、シャグラの作業を手伝うほうが賢明だと二人は考えたのだ。
今まさに後ろを振り返ればサトーの姿があるのだが、そのことに気付くことはなく、二人はシャグラが進んだ方へと行ってしまう。
幸か不幸か。
サトーもまた、一度たりとも振り返ることなく奥へと進んでいた。
「なんだか、慣れてきたかもしれない」
サトーはこの異世界に来て初めて自身の成長を実感していた。
道の歩き方、危険な場所の予測、疲れにくい体の使い方。
そういった様々な要素を彼はこの短い期間で習得してしまっていた。
それは単に平坦な箇所が増えているだけなのだが、そんなことを彼は知る由もなく。
「すげぇ…………!成長するって楽しい…………!」
などと、だいぶズレた感動を抱きながら、ズンズンと歩く速度を速めてしまう。
そうして彼は調子に乗ったまま、勢いそのままに歩き続けてしまった。
それは最初の地点からは大きく外れており、かつシェルア達ともかなり離れた位置であった。
登山で例えるなら、ルートにはない位置に来てしまった。
ふと、そこで彼は足を止めた。
「…………あれ?」
あまりにも突拍子の無い空間の変化だった。
森の中という条件は変わりないものの、地面がデコボコではなく、ちゃんとした丘のような地形をしている。
踏みしめているのは草、だろうか。
ダンジョンで見た万年草よりも柔らかく、それでいてコケのようにびっしりと生えている。
周囲は明るく、木漏れ日が絵画のように差し込み。
そしてその奥に、木から生えているような形の一軒の家が見えた。
赤い屋根に煙突が見えるそれは、さながら絵本に出てきそうなほどに幻想的で、絵になっていた。
「もしかして、知らない間に結界を解除した、とか…………?」
そんな感じはまるでしなかったものの、万が一を想像してつい心が逸りそうになる。
だが冷静な自分がぬんと現れると、そんな訳ないだろ、と一喝して消えた。
「…………ま、知ってた。知ってましたよ」
そんな都合のいい話はない。
となればここはエルフの里ではない、ということになる。
完全に迷子だったんだな、と何故か他人事のように思いつつも、ふと心地よい音が連続して響いているのに気が付いた。
(誰かいるのか…………?仕方ない、森を抜ける方法を聞くか)
少しだけ恥ずかしいが、それでも無闇に歩くよりはずっと可能性がある。
森を出て外周を歩けば、最初にいた位置へと戻ることができるだろう。
(確実にリーゼには怒られるな)
氷点下の眼差しを思い出して身震いをしながら、サトーは音の発信源に近づき声をかけた。
「すみません、ちょっといいですか…………?」
「…………あァ?って、てめェは…………!?」
そこにいたのは一人の少年だった。
歳は十四くらいだろうか。上半身は裸で金色の髪は上昇気流を受けているかのように逆立っている。
腰に布を巻いており、その下にズボンとサンダルを履いた姿は、夏場のプールにいる人を連想させる姿だったが、見事に鍛えられた筋肉はそんな穏やかな想像とはかけ離れた姿だった。
近くには程よい大きさの薪が転がっていた。
どうやら薪割りをしていたらしく、音の正体はこれだろう。
肝心の薪を割る斧がないのが気になったが、きっと見えない位置にあるのだろうと推測する。
(なんで、コイツがここにいやがるんだ…………!?)
サトーは全く気付いていない。
少年はつい先ほど、謎のお面をつけて接触してきた張本人であることに。




