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少年は、空にいた。
「ぁああああああああああ!?!?!?!?」
大気圏のすぐ近くだろうか。
真下には純白の雲が広がっている。
どこまでも広がっているそれはまさしく海と表現するにふさわしい絶景。
これを拝むために大金を払うほどの価値があると納得のいく景色が眼下にあった。
そんな光景を目の前にしながらも、少年は瞳を開くことができなかった。
(なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!?)
少年は、空にいた。
正確に言うなら、空から落下していた。
(いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!?)
どうしてここにいるのか。
そもそもなぜ落下しているのか。
という単純な疑問が頭をよぎる余裕すらなく。
「がぼぼぼぼぼぼぼっぼぼぼぼぼぼぼぼぼ」
とてつもない強風に煽られ今まさに窒息しかけている状況の方が遥かに焦りを生んだ。
頭を下にした直立姿勢が原因であることに気が付き、勢いよく両手を広げてバランスを崩し、それでもなんとか体勢を立て直し落ちている方向に背中を向け、ほっと息を吐いた。
猫が首元を掴まれてる姿に酷似した情けない姿勢だが、生憎それを目撃する相手はどこにもいない。
空が近いからか、視界には色濃い星空が広がっている。
どこか神秘的なそれを眺めながら、少年はこう思う。
(で、なんだこれ?)
そもそもの話、どうして落下しているのかまるで心当たりがなかった。
(いや落下していることに理由を見出せる人間が果たしているのだろうか、いやいないだろ。だからそもそもの話を考えるのが間違いで、でもこれパラシュートとかないよな?え、てかなにドッキリ?これドッキリなのか?でもこれ死ぬよな)
あっちこっちに脱線しながら思考を巡らせていると、唐突に視界が白く染まった。
どうやら雲に突入したらしい。
とにかく、ここを抜ければ何か見えるだろう。
ぐっと体に力をこめ、おぼつかない動きで再度落下方向に顔を向ける。
(とにかく水だ!水面に着地しないと!)
素人ながらの浅い知識で安全地帯を連想する。
落下速度を考慮すれば水面でも命の保証はないのだが、そんなことを連想できる余裕はない。
空気抵抗で目と口にとてつもない負荷がかかり、それを避けようとして手を動かしてバランスを崩し、それでもなんとか安定する姿勢を確保した瞬間、
ふとまぶしい光が目に届いた。
(きた……!)
そして、目の前に現れたのは。
「……………………え?」
森だった。
恐ろしいほど滑らかに反転し、静かに数度瞬きをして、再度反転。
森だ。
見渡す限りの一面の森。
かなり離れたあたりに城?のような建造物が見え、そこに伸びるように道が続いている。
行商人だろうか、動物らしきなにかが荷台を運んでいるのが見えた。
やがて地面に近づくにつれて、真下に一軒の建物が見えてきた。
赤い屋根。
柵で覆われているのは敷地だろうか。
その全体がとてつもなく広い。
西洋でよく見る噴水が見えた。
想像だが、着水するには確実に浅い。
どう考えても高所から人が落下してくる想定をしていない。
そんなとんでも展開、設計者だって思いつかないだろう。
「…………じゃなくて!」
呑気に考えている状況ではないことを思い出す。
一切の減速をすることなく、滞りなく落下し続けている。
全身に触れても何もない。
慌てて首を振り確認するが、海や湖どころか、池の一つも見当たらなかった。
なにより、森があまりに深すぎて、下に何があるのかまるで分からない。
更に言うと、落下地点を変えられない。
どこぞのアニメよろしく平泳ぎをするも空を切るだけで何も変わらず。
「うっそだろぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!?!?!?!?!?」
少年は、真っすぐ赤い屋根に落下した。
エルフィン王国。
天気、晴れ。
ごくまれに、少年。